第99話 わたし、怒りのミートボールなのだ その一
はあ、ジェイムズさんですか。
わたしは、ミヅキ……じゃなかった、マチルダと申します。
とりあえずはマチルダ姫になりすましといて、あとからトンズラ……いえ、脱出する作戦に切り替えたわたしの、そんな自己紹介をする間なく、今回の事件の黒幕であろうジェイムズ氏は、一方的に語り出す。
「お会いするのは初めてでございますが、お噂はかねがね伺っております」
とか、
「お会いすることができて、大変光栄に存じます」
とか、
「お話し以上に、お美しい方ですね」
などなど。
テーブルの真ん中に置かれた、無駄に豪華な燭台のおかげで、向こうもこちらの姿が、良く見えてはいないのだろう。
いかにもな社交辞令のオンパレード。それでいて、いったいなんのために、ここへ呼ばれたのかは今ひとつ良く分からない。
わたしの方も相手からあんまり見えていなさそうなのを幸いに、精一杯の作った微笑みを浮かべながら、ええ、とか、はい、とか適当な相槌を打ってるだけ。
そんな、中身のない会話を続けているうちに、運ばれてきましたよ、朝食が。
うん、美味しそうだ。
美味しそうなんだけれど、意外なことに普通の朝食だ。
姿は見えないジェイムズ氏だけど、声は若々しい。
若々しいといったって、マティアスくんのような若者の声ではない。
先ほど食卓に着く前にちらりと目にした印象では、派手な紫色、しかも光沢のある布で織られたガウンっぽいものを羽織っているその姿は成金のおっさんのようだった。
だから、まあ、おっさんにしては若々しいかな、と思っただけなのだ。身振り手振りも大きく、声を張る感じからして、きっとやり手のおっさんなんだろうね。
そんな成金風のおっさん、ジェイムズ氏にしては、普通の朝食かなあ、みたいな。
大きなワンプレートに纏められた、薄く切ったパンのトースト、マッシュポテト、煮たか焼いたかした豆、カリカリに焼いたベーコン、あとは謎肉のミートボール。
うーむ、独断と偏見で言わせてもらえば、イギリス人の朝食のようじゃないか。
それにしては、揚げたタラが見当たらないけど、あれは朝から食べるものじゃないんだっけ?
ニシンが丸ごと突き刺さっているパイや、ぶつ切りウナギのゼリー寄せじゃなくてホッとしたよ。
しかし、惨然とお皿の中央で黄金色に輝いているのは、目玉焼き。しかも二つ。こればかりは興味深い事実であることを認めよう。
おー、この世界に来て、初めて見たよ目玉焼き。というかタマゴ料理。
こちらにも、鶏卵を食す文化があったんだな。良かった、良かった。
むむ、でも待てよ。これは、本当に鶏のタマゴか?
もしや似ても似つかぬ、魔獣のタマゴとかじゃないだろうね。
勇気を出して、一口ぱくり。
もぐもぐもぐ……。
黄身も白身も、味が濃くて美味しいな。
もはや、鶏のタマゴじゃなかったとしても、文句は言うまい。
でも、なんだね。目玉焼きに限らず、味付けが塩だけっていうのも、なにかしら寂しいものがある。
あんまり贅沢なことは言ってられないんだけど、おっちゃんの作る、絶妙な塩加減に加えて、これまた絶妙にスパイスを効かせた料理を食べ慣れてしまったせいかな。
特に、謎肉のミートボール。
食べ慣れない風味。モツって言えばモツっぽいけど、日本の臭みのないモツに比べるとなあ。
食材の一つ一つに、高級そうな良いものを使っているっていうのは分かるよ。
分かるんだけど、どうしても、昨晩いただいた古民家の夕食と比べてしまう。
あっちの料理は、もっと地味だった。
グリルしたお肉とか、野菜のサラダとか、あとはパンとスープだけ。
でも、なんか一味違ったんだよね。
もっとこう、味に深みがあったというかなんというか。
おっちゃんの料理にも負けていない、なにかがあったというか。
出していただいたものに、評論家のようにケチをつけるのは、いけないことだと思いながらも、ついつい心の中で文句を言ってしまう。
だって、そもそも、むりやり連れて来られたようなものですし。わたしだって、人付き合いには苦労してる方なんだよ、これでも。
「おやおや、夢中になって召し上がられておりますね。気に入っていただけましたかな、我が領地、自慢の産物は」
どこぞに領地を持つ、お貴族様の出身らしいジェイムズ氏は、再びとうとうと、領地の、というか自身の自慢話を始める。
わたしが無口なのは、これが素なんですが。
でも、そう思わせておいた方が、逃げるチャンスが広がるかも。
密かに心に思うわたしは、やっぱり作り笑顔で、適当な相槌を打った。
お話しを伺っているうちに、なんとなく分かってきたんだけど、このジェイムズ氏、この国のお偉方の一人であるらしい。
さりげなく、話題に出してはディスっているハルマン氏は、政治的なライバルのような感じなのでしょうか。
とは言え、お相手のハルマン氏は、古くからこの国にお仕えしている古豪。その地位も盤石なものであるようです。
対してジェイムス氏は、新進気鋭といえば聞こえはいいが、要するに新参者らしく、古株であるハルマン氏に追いつこうと必死らしい。
ハルマン氏と言えば、昨夜争っていた黒服たちが言っていた名前だったっけ。
ハルマン殿を裏切るとか、ハルマン派に潜り込んでいたとか、なんとかかんとか。
黒服1号はハルマン氏、2号はジェイムズ氏の手の者だったってことね。
でもってマチルダ姫様、というか、わたしはそれに巻き込まれたってことかい。
ともあれ、マチルダ姫に目をつけたのが、国を揺るがすテロリストたちなんかじゃなくて、本当に良かったよ。
ようするに、お忍びで里帰りしたマチルダ姫様を、両者とも接待合戦をかまして、ご機嫌を伺おうって魂胆だったってことかな。
それで、お互いを出し抜こうと躍起になった結果が、昨晩のあの騒ぎかー。
そんなことのために、わたしときたら、あちこち連れ回されたり、眠らされたりしたっていう訳だ。
ほんっと迷惑。
——それにしても、だよ。
わたしは、本来ならば、この席にいたであろうマチルダ姫に思いを馳せる。
——お姫様って、ホントにたいへんなんだなあ。




