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第97話 なんと、事件なのだ その七

 うわーん、またやっちゃった!


 どこだ? 黒服2号?


 わたしは今。彼からの攻撃を受けている。

 おそらくは既に、彼の術中に落ちているのだ。


 いや、きっと、たぶん。


 さっき見た、優勢だったのに、突如として崩れ落ちた黒服1号の動き。

 それと良く似た感じで、わたしも膝をつく。

 そして、襲ってくるのは、猛烈な眠気。


 痛みも何もない。けれど、ただただ眠い。

 思わず、廊下に、ごろりと横たわってしまうわたし。


「どうですか? 私の安眠魔法は?」


 すると、目の前の襖が音もなく開かれ、そこから顔を出したのは黒服2号ではないか。

 おのれ、謀ったな、卑怯者。見えないところから攻撃をするなんてズルいじゃないか。


 わたしの心の声をよそに、黒服2号は、得意毛をぼうぼうに生やかしながら話を続ける。


「私のこれは、ジェルソミーノの花の香りを媒介に使った眠りの魔法なのですよ」


 ジェルソミーノ?! なんだ? それ?


「この国の言葉では、ヤスミーンと言いましたか」


 ヤスミーン? ヤスミーン、ヤスミーン……それってもしかして、ジャスミンのこと?


 おー、それだ!

 この前から苦手だった、おトイレの芳香剤みたいな匂いのハーブの香りの正体。


 いえいえ、お好きな方には申し訳ないんだけれど、ウチのおトイレでは、昔、その香りの芳香剤を使っていたのだ。

 そのせいで、未だにジャスミンの香りを嗅ぐと、条件反射のようにおトイレの芳香剤を思い出してしまうのだ。


 全国のジャスミンとジャスミンティーファンの皆様、ごめんなさい。


 もう半分夢うつつの中、妙に耳ざわりの良い黒服2号の声が響く。


「元は安眠のための魔法なんですがね。ジェルソミーノの調合を変えることによって、効果が変わるのです」


 あー、なんだって?

 すると、なんでだかぼんやりしてしまったり、急に眠くなってしまったりっていうのは、お前の仕業か?


「攻撃用に即座に昏睡させるものから、諜報活動用に催眠作用のあるものまで、この魔法の効果は幅広いのです」


 まったくもー、なんてことしてくれるんだ。おかげで、こっちはいい迷惑だよ。


「ご安心ください。姫様に使ったのは、極上のジェルソミーノの花を使った、上級の睡眠導入魔法なのです」


 はー、それはご丁寧に、どうもありがとうございます。


「それでは、おやすみなさい。目が覚めたら、きっと……」


 黒服2号の言葉を最後まで聞くことはなく、わたしは、すや〜っと心地良く眠りに落ちたのでした。




 ちゅんちゅんと鳴く、小鳥の声で爽やかな目覚めを迎えたわたし。


 いやー、良く寝たなー。


 ベッドの中で上半身だけを起こすと、盛大に伸びをする。


 あー、そう言えば、昨晩は妙な夢を見たなー。


 こともあろうに、マチルダ姫様と間違えられて、おかしな黒服たちに連れ去られる夢。


 そうそう、黒服の二人組がケンカし始めて……、どっちが勝ったんだっけ?


 うーーー? なんか、おかしい?

 夢? 違うよ、夢なんかじゃない!


 わたしは、黒服2号の術に落ち、安眠魔法とやらで眠らされたのだ。

 むりやり眠らされたのにも関わらず、なんだ、このスッキリとした目覚めは。

 頭痛なんかもしないし、身体の疲れもない。本当に“良く寝た感”だけが残っている。


 わたしは余り好きではないけれど、悔しいことにジャスミンの花の香りを使ったわりに、その効果は抜群だった。

 あんな、おトイレの芳香剤みたいな匂いで心地良くなってしまうなんて、黒服2号の魔法の腕前は本物なのだろう。


 だがしかし、策に溺れたな、黒服2号。

 こんなに良い目覚めを、わたしに与えるなんて。

 もう今すぐにでも、ここからの脱出は、したい放題じゃないか。


 さてさてさて、どうしてくれようか。


 その時、ハッと、何かに気づいたわたし。

 起こした自分の上半身を眺める。


 ほっ。昨日と同じジャージだ。

 念のため、ベッドの中の下半身も覗いてみる。


 よし。下も、ちゃんと履いているよ。

 靴下だけは履いていない。


 昨晩、あの古民家風のお屋敷でなくしちゃったからね。


 愛用のスニーカーは……やっぱり、ないね。


 裸足の足の裏は、きれいになっている。

 誰かが拭いてくれたのかしら。


 拭いたのが、黒服2号でないことを祈ろう。

 例え足の裏とはいえ、どこの馬の骨とも分からないやつに身体を触れられたくはない乙女心だ。


 念のため、自分でも拭き直そうかな。

 わたしは、いつも持ち歩いている、なんでもバッグを探す。


 これも、ないね。たぶん、マチルダ姫と出会した、雨宿りの倉庫に置きっ放しだ。

 あー、なんだか、いろいろと回収するのが面倒くさいな。


 しかも、またもや無断欠勤だよ。

 おっちゃんに心配かけちゃうよ。

 

 ——どうしよう。


 それもこれも、わたしをマチルダ姫様と勘違いして、あちらこちらへと連れ回した連中が悪いのだ。

 不可抗力なのだ。いたしかたないのだ。決して、わたしが悪いのではないのだ。


 彼らの勘違いを否定しきれなかった自分のことは棚に上げ、わたしはぶつぶつと文句を口にする。


 ——でも、そんなにわたしとマチルダ姫様って似ているのかな。


 窓際に移り、外のようすを伺うわたしの顔が窓ガラスに映っていた。


 肩までのストレートな黒髪。目の色も黒。西洋の方、というか、この世界の方々と比べると、典型的な日本人顔だと思うんだけど。


 それにしても、あの連中は何がしたいのかな。

 うっかりと、わたしがこんな目にあっているけれど、本当だったらマチルダ姫様に降り掛かるはずの災難なのだ、この出来事は。


 あのようすじゃ、マチルダ姫様を暗殺したいとかじゃなくて、どこかに連れ出したいだけみたいだしな。


 いやいやいや、拉致や誘拐は立派な犯罪だよ。しかも、かなり凶悪な部類に入るんじゃないか。

 そこまでのことじゃなくても、嫌がる相手を連れ去るなんて、もっての他じゃないか。


 でも、それにしては待遇が良過ぎる。対応も丁寧だし。

 隣国に嫁いだとはいえ、もともとは、この国のお姫様だしね。

 そのお姫様を相手にしていると、勝手に向こうが思っているんだから、当然といえば当然だけれど。


 ここまできたら、もう誤解を解くとかいう問題ではない気がするよ。

 取り敢えず、あちらさんにはマチルダ姫だと思わせておいておくのが得策かな。


 そんな風に、あれこれと考えてぼんやりとしていたら、どなたかが、この部屋を尋ねるノックする音がしたのでした。

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