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第93話 なんと、事件なのだ その三

 どなたでしょう? わたしは、とっても眠いのです。

 申し訳ないけれど、少しばかり眠らせていただけませんか。


 閉じてしまった瞼の向こう側では、誰かが話しています。


「彼女は本物のマチルダ様なのか? 確かに、このお顔には見覚えがある。だが変装は別としても、昔より随分とちんまりとしてしまったように感じるが——」


 むっ。ちんまりとはなんだ。失礼な。

 確かにわたしは、そんなに背が高くはないけれど。


 というか、あなたはいったい何者だ?

 わたしを、こんなところに連れてきた首謀者の方?


「ハルマン様に、そう言われてしまえば、そんな気もしないでもないですが」


「いえ、間違いありません。この通り、いただいた資料と、ほぼ同じ顔をしております」


 今の声は、さっきの黒尽くめの男服さんたちかな。聞き覚えのある声だよ。

 なにやら、紙をがさがさと広げている音もするし、間違いないだろう。

 さっきの似顔絵は、手配書なんかじゃなかった。ただの資料だった。


 良かった。わたしは指名手配されてたんじゃなかったんだ。

 いや、良くないよ。本人確認がズサン過ぎる。

 もっと、ちゃんと確認してくれなきゃ。


「うーむ。儂もお会いするのは、久し振りでな。今ひとつ自信が持てんのだ」


 そうだ、そうだ。

 誰だか知らないけど、あなたの目は間違っていない。

 そこの二人に、もっと注意深くなるように指導してくれたまえ。


「いや、やっぱり本物のようだな。少しばかり幼く見えたのも気のせいだろう」


 おーい。ちょっとー。

 あなたの判断は間違ってないですよー。

 わたしはマチルダ姫ではないのだ。人違いなんだってば。


 眠たいけれど、ここはバシっと誤解を解いておかないと。


 わたしは、やにわに、むっくりと起き上がる。

 そして目をぱちりと開いたとたん、目の前で、わたしの顔を覗き込んでいたおじさんと目が合った。


 誰だっけ、このおじさん。

 どこかでお会いしたことありますよね、たぶん。


 人の良さそうな表情なんだけれど、どこか腹に一物隠していそうな、その顔を、ついつい不躾ぶしつけにもじっと眺めてしまう。


「……わたしは、マチルダ……」


 そう言いかけた、その瞬間。

 わたしは、再びひどい睡魔に襲われて、そのあとの言葉を続けることができなかった。


 瞬時に、すやーと眠りに落ちてしまったのだ。


「——姫ではありません」


 そう続くはずの言葉は、わたしの口から出ることはなかった。

 ああ、なんという痛恨の一撃。

 誤解を解くのは、今しかないというのに。


「うむ、本物の姫様で間違いないようだ。今の寝起きの表情は姫様以外にありえない。くれぐれも失礼のないように……」


 覗き込んでいたおじさんが、なにか誤解を深めているようすだったけれど、その言葉を最後まで聞くことはなく、今度こそ本当に眠りに落ちるわたしでした。




 と思ったら、急に目が覚めてしまった。


 いんや、実は急なことではないのだ。

 目を閉じて、次の瞬間開けてみたら、なんと朝になっていた。

 そんな不思議な体験。意識だけの一瞬のタイムリープ。わたしには、良くあることなのだ。


 それはともかく、一時、昏睡状態に陥ったのは明らかだ。

 その証拠に、ここはどこ? わたしはだれ? な状態なのだ。

 いや、わたしは、わたしだけれど。


 そっと辺りを伺えば、やっぱり、さっきまでいたところとは違う。

 今は何時くらいなのかな。真っ暗だから、遅い時間には違いなさそうだな。


 真っ暗だった視界が、少しずつ暗さに慣れてくると、そこに見えるのは……。


 日本のお座敷?!


 うっすらと明かりが差し込むのは障子戸だし、寝かされているのもベッドではなく、お布団だ。

 しかも、これは?! 畳? 畳の上じゃないか。

 おー、床の間には掛け軸まで掛かっている。


 でも待って待って。本当にここはどこ? いつの間にか、わたしは元の世界に帰ってきたの?

 それとも、今までが夢で、これが現実? わたしは異世界になんて行っていなかった?


 でも頬をつねるまでもなく、これは夢でも、元の世界に帰ってきた訳でもないことが分かる。


 わたしが着ているのは、着替えたジャージだった。

 懐かしのパジャマでも、ましてや和装の寝間着でもなかった。


 良く見れば、掛け軸の書は日本の文字ではない。

 達筆ではあるけれど、こちらの世界の文字だったのだ。


 少しばかり、がっかりしたわたしだったけど、決してめげない。

 だって、おっちゃんを始め、こっちの世界にだって大切な人たちができたんだから。


 わたしは、気を取り直して、ここを探索することにした。

 まずは現状把握だ。しかるのち、『炎の剣亭』への帰還に努めたいと思うのだ。


 わたしは、好きだったRPGの主人公が、ダンジョンを探索する時のような面持ちで歩き始めた。


 まずは、襖戸を開けて廊下へ出る。

 思った通り、ここは日本の古民家のような建物らしい。


 そろりそろりと、できるだけ足音を忍ばせて、静かに廊下を歩く。

 ウグイス張りの回廊でなくて、もっけの幸い。


 辺りをそっと伺っても、どこからも灯りが漏れている気配はない。

 すっかり熟睡してしまったわたしを、見張っているようすもない。


 誰もいないのかな。

 思い切って、最初に目についた襖戸を開けてみた。


 そこには……。

 なんだろう? このお部屋は?


 誰かのアトリエ?


 使っているのは書道家の方?

 それとも水墨画家の方かな?


 そのお座敷の壁一面には、達筆だけれども、こっちの世界の言葉で書かれた書や。水墨画っぽいタッチで、やはりこっちの風景が描かれたものが貼ってあった。


 ちなみに目覚めた部屋に貼ってあった掛け軸に書いてあった書の言葉は、日本語に訳すとこうなる。


『土を制する者は、農を制する』


 含蓄のある言葉だ。誰が書いたは知らないけれど。


 あまりにも興味深いので、ひとつひとつ丁寧に見てまわりたいのだけれど、今は時間がない。名残惜しいけれど、次にいかなくちゃ。


 入ってきた襖戸から、そっと座敷を出てゆこうとした時、わたしは、ふと一枚の絵画が目にとまり、思わず立ち止まってしまうのでした。

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