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第86話 みなさん、たいへんなのだ その二

 影の如く付き従う護衛の騎士。

 とはいえ、お姫様の影の中に潜んでいた訳ではない。忍者じゃあるまいし。

 いや、忍者だって、そんなことはできない。

 影の中に潜むなんて異能力があるのは、ライトノベルの中だけのお話しなのだ。


 実際はマチルダ姫から着かず離れず、目の届く範囲に実を潜め、彼女をお守りしていたに違いない。おっちゃんの話を聞く限りでは。


 あのでかいおっちゃんが、身を縮めたり物陰に潜んだり、隠密行動をしている姿を想像すると微笑ましい気もするし、またちょっとだけ怖い気もする。


 あんな目付きの鋭い、いかにも手練れの騎士様、しかも一般民間人と変わらぬ風体の者が町の人並みに紛れているとしたら、わたしだってうかうかとはしていられない。

 うっかりマチルダ姫にコーヒーをお出しする手がすべって、カップなど落としてしまった日には、どこからか現れた彼らに一斉に剣を突きつけられちゃったりして。


 それだけならば、まだいいけど、首筋あたりにちょっとした痛みを感じた次の瞬間、身体の自由が効かなくなってたりしたら怖い。

 即効性の麻痺系の神経毒の塗られた吹き矢で攻撃されてたりして。ああ、そんなことになったらどうしよう。


 ——どうもしませんっ。


 自分で、自分につっこみを入れてみるわたし。


 あ、でも、おっちゃんもおっちゃんで、ばったりと同業者に出会っちゃったりするんじゃないのかな。

 だって、お相手の王子様にも護衛の方というのは存在する訳なんだよね。当たり前だけど。


 柱の影から、ちらりとお二人のごようすを伺えば、折しも王子様の護衛の方も向こうの柱の影から顔を覗かしていたり。

 それだけだったらばまだしも、うっかりとお互いに目が合っちゃったりしたらどうするんだろう。


 いや、合うな、これは確実に。向こう様の護衛の方とは目が合ってしまうに違いない。

 その時は、火花がバチバチと飛んだりとか? それとも「お互い苦労しますな」とばかりに苦笑いを交わしたりするのかなあ?


 今のおっちゃんからは現役時代の護衛任務に従事している姿が、うまく思い浮かばない。

 威圧感バリバリで、周囲から浮きまくり。周りの人たちからはヘンな目で見られたりしなかったんだろうか。


 妙なところで、おっちゃんの心配をしてしまうわたしなのです。


「隠密行動で、護衛任務を果たすと言っても、そんな妙なことにはならないぞ」


 あら、おっちゃんときたら、わたしの考えていることが分かるのか?

 お三方のいるテーブルとは、少しだけ離れた厨房の中、わたしは手にしたマグカップを握り締める。


「お前らの考えていることなんか、お見通しなんだよ。なんだよ、さっきからその微妙な面は」


 あー、わたしのことではなかったようです。

 見れば、ルドルフさんもマティアスくんも、()()()()なお顔でお話しを聞いています。


 といっても、たぶん彼らのそれは、わたしの考えとは別の方向に向かっているようです。

 わたしは自分でも、わかっているのです。

 先ほどからの益体(やくたい)もつかない妄想は、その考えへと行き着かないようにするためだと。


 護衛であるおっちゃんは、マチルダ姫の前に立つことはない。お姫様を庇って、敵の前に立ち塞がったりしない限りは。

 もし、姫と王子が向かい合ってお座りになっていたとしたら、おっちゃんから、その表情が伺えるのは王子様のものだけなのだ。


 マチルダ姫の顔は見えなくても、その後ろ姿から楽し気なようすだけは感じることはできるだろう。

 だって、その時の王子様の表情、お姫様とご一緒のときのその表情は、おそらくは楽しそうなものであるはずだから。


 その少し前まではマチルダ姫の隣にいたのは、おっちゃんだったのだ。

 でも、いつの頃からか、それはお隣の国の王子様に取って変わられてしまった。


 おっちゃんは、いったいどんな気持ちで、次第に仲の良くなっていくマチルダ姫と王子様を見ていたんだろう。


 なんだか、切なくなっちゃうねぇ。


 人ごとのように考えながら、わたし自身が切なくなってしまっているのだ、実は。

 わたしは、気を紛らわせるかのように、すっかりと冷えてしまったコーヒーを二口三口と口に運ぶ。


「まあ、そんなある日のことだ。マチルダ様がオレに、自分を破門してくれと言い出したのは」


 波紋? 震えるの? 燃え尽きるの? 刻んじゃうの?

 じゃないや、破門? お師匠様が、弟子に「出てゆけっ」とか言っちゃうやつ?


「オレは、そう言われても、すぐには返事はできなかったんだ。マチルダ様の表情、それがなんとも言えない寂しそうな顔で笑ったんだよ」


 おっちゃんはテーブルに置かれたマグカップを手にすると、コーヒーを一気に飲み干した。


「その時の笑顔さ。オレが忘れられない最後の笑顔ってやつは」


 ため息とともに吐き出された言葉は、少し自嘲気味(ビター)な大人のフレーヴァー。

 なんちって。ちょっとカッコつけ過ぎかな。


 自分から押し掛けておきながら、師弟関係を捨てるなんてもったいない。 

 ちょっとばかり、お隣の国の王子様と良い雰囲気になったからって、姫様ときたら。


「本人のご意向とはいえ、姫様を弟子に取るなんぞ面倒なことになったと思っていたんだが、いざ破門を所望されると複雑な気分になるもんだな」


 そう言って、今度は、おっちゃん自身が寂しそうに笑った。


 勝手過ぎるんじゃないの? いくらお姫様だからって。

 おっちゃんが怒ってないようだから、わたしが代わりに怒ろう。ぷんすか。


「それで、お前はマチルダ様の言葉を、言葉通りの意味合いで受け取ったのか、ミヒャエル」


「どういうことだよ、ルドルフ」


「どういうことも何も、そのままさ」


「……良くわからんな」


「朴念仁と評判の高いルドルフ団長や、僕でさえマチルダ様の本心は察しがつくのですけど」


「マティアスまで、何を言っているんだ」


 ぷんすかと怒ってみたところで、ルドルフさんとマティアスくん言っていることの方が、多分正しい。

 そんなことは、わたしみたいな小娘にだって、本当は良くわかっていることなのでした。

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