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第83話 カフェ『炎の剣亭』、ただ今絶賛営業中? なのか その五

 コーヒーを淹れるためのお湯を沸かしながら、わたしは三人のお話しに耳をそばだてる。


 いえ、そうではありません。偶然です。偶然、耳に入ってきただけなんです。

 マティアスくんはともかく、おっちゃんもルドルフさんも密談ができるタイプじゃないんだもの。

 聞こえちゃったって、そりゃイタシカタナシ。


「マティアスから聞いているとは思うんだが、隣の国に嫁いだマチルダ姫。今、数人の護衛たちを伴って、我が国を来訪中だ」


「ああ、聞いたよ」


「お前も、姫については何かと思うところがあるとは思うんだが、元専属騎士として滞在中は気を配ってやって欲しいんだ」


「気を配る……か」


「あの姫のことだ。護衛を撒いて、町中を自由に歩き回るに違いない。ことによると『炎の剣亭(ここ)』にも、現われるかもしれんのだ」


 いつになく真剣な、町を守る騎士様の顔となって話すルドルフさん。

 一方、おっちゃんは空のマグカップを見つめ、言葉も少なく、何かを考えているようだ。


 それにしても護衛を撒いて町中を自由に? なんてアクティブなお姫様なんだ。


「あいつ……、いやマチルダ……様は、オレの前には二度と姿を見せることはないと思っているんだが」


「いいえミヒャエル先輩、それは違います。先輩はマチルダ様の気持ちを、きちんと伺ったんですか」


「そんなものは改めて聞いてみるまでもないさ。オレは弟子に逃げられた情けないやつなんだ」


 おっちゃん、今度は宙を見上げて語り始めたよ。

 なんだろう? その寂しそうな顔は? 初めて見るよ、そんな表情。


 おっちゃんは語る。マチルダ姫との、あれやこれや。


 マチルダ様と初めて出会ったのは、オレが王家直属となったばかりの頃の話だ。

 まだ子どもとは言っても、美しい気品に溢れるその佇まいには、オレも思わずかしずかずにはいられなかった。


 ところが見た目に反して、彼女はヤンチャな子どもだったんだ。

 王女らしからぬ子どもらしい好奇心で、何故だかオレに何かとちょっかいを掛けてくるんだぜ。

 たぶん、オレの騎士としての職務なんて関係なく、田舎から出てきたやつが物珍しかったんだろう。


 その頃は、おっちゃんだって少年だっただろう。

 早いうちから、冒険者をやってたとは言ったって。


 なんとはなしに、心の中でツッコミを入れてしまうわたし。


 オレは姫のお守りも仕事のうちだと思って、適当にあしらっていたんだが、ある日こう言われたんだ。


 ——ミヒャエルは、私のことが嫌いなの?


 もちろんオレは、こう答えたさ。


 ——いいえ、自分の忠誠は、この国にはもちろん、姫様にもあります。


 姫は、いえ、そういうことではなく……とかなんとか呟いていたんだが、次にこう言ったんだ。


 ——私を、あなたの弟子にしてくださいませ。


 オレは、何を言い出すんだ、このお転婆姫は……と思わなくもなかったんだが、彼女の目は以外にも真剣でな。


「引き受けることにしたのか」


 ルドルフさんが話を繋ぐ。

 おっちゃんは、頷いて話を続けた。


 その頃は、城に詰めていたとは言え姫の専属ではなかったんだが、彼女はやたらとオレの周りに現れるんだ。


 ——弟子にしてくれると言ったではありませんか。


 実際に、剣や魔法なんて教える訳はないだろう。そんな危ないこと、姫にさせられるもんか。

 仕方がないから冒険者時代の話をしてお茶を濁したりしていたんだが、これが何故だか好評でな。

 毎日のようにオレのところに来ちゃ、話をせがまれるんだ。あの時は、本当に参ったよ。


 しまいには出掛ける際には護衛のご指名が来たり、一人夜の見張り番に立っている時なんかは、しょっちゅう遊びに来たりするものでな、オレも困ってこう告げたのさ。


 ——自分にばかり構われるのは如何なものでしょう。叱られるのは自分なのです。


 姫は、オレの目から見ても、少し動揺しているように見えた。

 悪いとは思ったが、オレはオレの仕事を全うしたいだけだったんだ。


 以後しばらくは、オレも昇格したりして仕事も忙しく、姫もまた、ぱったりと現れなくなった。

 そんなある日だ。時期外れの人事があったかと思ったら、オレはマチルダ姫の専属の護衛騎士に取り立てられたんだ。


 そのあとは知っての通りさ。

 姫がオレのところにやって来るんじゃなくて、オレが姫のところへ通わなくちゃいけなくなっちまったんだ。


 だから、わたしは知らないよ。マチルダ姫とのことなんて。

 気になったり……なんか、ぜんっぜん、しないんだからね。

 だいたい、なんだよ、そのうれしそうな顔は。まったく困ってなさそうじゃん。


 わたしの心のツッコミを、知ってか知らずか、おっちゃんは話を続ける。

 ルドルフさんは、ふむふむと頷き、マティアスくんは、何かを言いた気だったけれど。


 専属護衛騎士とは言うのは、侍従や家庭教師のような側面があってだな。

 姫も成長していたことだし、オレは彼女に護身術を教えることになったんだ。


 優秀だったよ、姫は。剣も魔法も。教えたことを次々にこなすんだ。オレも指南に熱が入ったってものさ。

 メキメキと護身術の腕を上げた彼女なんだが、本当のところを言えば、姫様力の方もアップして欲しいところだったよ。


「その頃からだな、姫がとんでもないことを、やらかし始めたのは」


 おっちゃんから、大きなため息がひとつ。

 なにをやらかしたんだ!? マチルダ姫?!

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