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第82話 カフェ『炎の剣亭』、ただ今絶賛営業中? なのか その四

 ノックの音が響き、わたしが駆け寄るより、一瞬早く辿り着いたマティアスくんが扉を開ける。


 そこに立っていたのはルドルフさん。


 どうやらルドルフさんは、雨の日用の外套も羽織らずに、ここまで来らしい。

 全身びっしょり、という程でもないけれど、しっとりといった感じで髪の毛が濡れていた。


「ああ、表は殆ど降っていないような小雨なんでな。走ってきたんだ」


 ——それならば。


 とわたしは、厨房奥の物置部屋に取って返す。

 そこには唯一の私物、今や、それ一つを持てばどこにでも行ける、いろんなものを詰め込んだ、なんでもバッグが置いてあるのだ。

 元は通学用に使っていた学校指定のバッグ。この世界に来た時からのわたしの相棒。教科書の他に、体操着やジャージまで入れておいたのは正解だった。

 もっとも、もう教科書は使わないので、宿舎に置きっ放しなんだけど。以前、キャベツやタマネギを持ち運んで以来、洗って干して、身近なものは全部この中に入れてあるのだ。


 そんな訳でバッグの中をがさごそと漁り、取り入出したるはスポーツタオル。

 わたしときたら、意外と汗っかきだからね。タオルの類いは欠かせないのだ。


 さながら運動部の練習後の先輩に、マネージャーがタオルを差し出すがごとく、恭しくタオルを手渡すわたし。


 紳士的に遠慮していたルドルフさんだったけど、


「濡れたままのご来店は困ります」


 の一言に、大人しく顔やら髪やらを拭き出した。


 よしよし。文字通りの水も滴るいい男、とは言っても風邪なんかひいちゃったら大変だからね。


 あれ、そう言えばマティアスくんは、雨降りの中を歩いてきたはずなのに、あんまり濡れてなかったな。どうしてだ。


「僕は、お店の軒先で乾燥の魔法を使いましたから」


 乾燥の魔法? なあに、それは?


「ルドルフさんにも掛けてみましょう」


 マティアスくんは、タオル片手に心なしか引きつった表情のルドルフさんに向かって右手をかざす。

 なにやら、ぶつぶつと呪文の詠唱らしきものをすると、途端にルドルフさんの髪の毛が逆立った。

 最初は驚いていたルドルフさんだったけど、その表情は気持ち良さそうなものに変わり、両手を広げ天を仰ぐ。


 なんだ、なんだ? なにが起きたの?


「今の魔法はなんだ、マティアス? 以前のものとは比べものにならん」


 あー、前にも同じ魔法を掛けてもらったんですね。


「この前は、ただただ熱いばかりで、しかも身体が浮き上がらんばかりの勢いだったのだが、今回は、こう足下から心地良い熱風が渦を巻くように俺の身体を撫でていって……」


 おー、気持ちよかったんですね。


 でもまさかとは思うけど、以前掛けられた時というのは、もしかしてマティアスくんの実験台にされたのでは?


「おお、俺だけではなく、ミヅキ殿にお借りした布まですっかり乾いているぞ。腕を上げたな、マティアス」


 ルドルフさんから、うれしそうに手渡されたタオルは、確かにふんわり乾燥されていた。


 わわっ、なんだ。この便利な魔法。実験台にしたなんて思ってごめんなさい。雨の日のお洗濯のために、わたしも覚えたいよ。


「以前は効果が強過ぎて、なんだか攻撃魔法のようになってしまって。加減が難しいのです、この魔法は」


 うわっ、やっぱり覚えるのは、もう少し腕が上がってからにします。そんなに危険な魔法だとは思いませんでした。


 まあまあ、それより、この雨の中よくぞお越しくださいました。

 お席に着いて、熱いコーヒーなんていかがですか。




 わたしは、お二人にコーヒーを淹れるために厨房へと戻る。

 おっちゃんは、元いたテーブルの前、エールにちびりと口をつけながら、何かしらの考え事をしているようだった。


 戻る途中、背後では、ルドルフさんとマティアスくんが、なにやらこそこそと話しているのが聞こえてきた。


「ところで、マティアス。例の件、もう伝えてあるのか」


「ええまあ。それとなく、一応は」


「で、どうなんだ。あいつの反応は」


「はあ、ご覧の通りです」


 別に、盗み聞きしようなんて思ってたんじゃないからね。偶然耳に入ってきただけなんだからね。

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