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第81話 カフェ『炎の剣亭』、ただ今絶賛営業中? なのか その三

 ——うう、苦しい。


 実はわたしも、ついつい二つ三つと平らげてしまって、お腹が苦しいのだ。

 それと言うのもおっちゃんが、ことのほかたくさんのジャガイモを蒸し上げてしまったからなのだ。

 決して、わたしが食いしん坊だからではない。ないと思う。ないと思いたい。


 おっちゃんにとっては因縁の深いお姫様、マチルダさん。

 そのお名前が出た途端、ぴくり、とほんの僅かな反応を見せたおっちゃんだったんだけど、そのあとは何事もなかったように“じゃがバター”を作っている。


 何事もなかったかのように、ってのは、きっとおっちゃんがそういう素振りをしているだけに違いない。

 次から次へと“じゃがバター”を作り続けているおっちゃんの目は、ジャガイモでもバターでもないものを見ている気がするのだ。


 おっちゃん、動揺してるんじゃないか、やっぱり。

 そんなにたくさんジャガイモを蒸したって、食べ切れないぞ。

 どうするんだよ、この“じゃがバター”の山。


 そして、次から次へと出て来る“じゃがバター”を、やっぱり次から次へと平らげていくマティアスくん。

 こちらは、本当に何事もないかのように平気な顔をしている。むしろ、そんなに食べて大丈夫なのかな、と心配になってしまう。


 あれ、マティアスくんは、まだ食べるの?


「ジャガイモとバターが、こんなに合うなんて。目から鱗というやつですね」


 おー、マティアスくんも“じゃがバター”が気に入ったのかね。

 わたしも、この料理のシンプルながら奥深い味わいは大好きなのだよ。


 簡単に作れるしね。

 そうそう、元いた世界では電子レンジという便利な家電品があってだな。

 そいつを使えば、ジャガイモを蒸すなんて、あっと言う間なのだ。


 原理? 

 うー、食品に含まれる水分の粒子をナントカ波で振動させると、粒子の動きが高まって……、とかだっけかな。

 ごめんなさい。良く分からないのです。

 電子レンジを使った、お料理のレシピは幾つか知っているけれど。


「僕の得意な、熱を操る魔法に似ている気がします」


 おー、そういうものかい。

 さすがは理系男子。いや、魔導男子。


 今度はおっちゃん、さっき作り上げた大量の“じゃがバター”を、自ら黙々と口に運んでいる。

 できた端から食べていたわたしやマティアスくんと違って、おっちゃんの食べている“じゃがバターは、すっかり冷めてしまっていそうだ。


 “じゃがバター”ってやつは、蒸し立ての熱々はもちろんのこと、熱いうちにバターを乗せておいて、そこそこ冷めてバターが染み込んだところを食べても美味しいのだ。

 ということで問題はないのか? わたしが心配し過ぎ? エールもすすんでいるみたいだし良しとしようかな。


 いえ、問題は、そんなとこじゃなくて……。

 なにか声を掛けたいけれど、なにをどう言えばいいのか分からない。


 そんな内心の逡巡と比べて、お腹は正直だ。

 小腹どころか本格的に食べてしまったのに、食後のコーヒーはまた格別に感じてしまうのだ。

 まあ、おっちゃんは食べている最中も、今も、ずうっとエールなんだけど。


 うーん、やっぱり、おっちゃんのようすは、どこかおかしいよ。

 いつにも増して寡黙過ぎるのだ。

 “じゃがバター”を作っていた時も、それを食べていた時もそうだったんだけど、今もまた、何か遠くを見るような目で黙々とエールを傾けている。


 マチルダ姫のことでも思い出しているのかな。


 時折、


 ——ま。


 マ? マチルダ姫? マチルダ姫のこと?


「薪の在庫は、どうっだったかな」


 とか呟いている。


 薪の在庫は充分です。

 食材、その他、週に一度、わたしが棚卸しをして管理していますから。


 ——ま。


 マ? マチルダ姫? 今度こそマチルダ姫?


「また来いよ、マティアス」


「僕はまだ帰りませんよ。今日は、ここで待ち合わせなんですから」


 むー、なにを言っているのだ、おっちゃんは。

 と言うか、マティアスくん。待ち合わせなんだったら、初めからそう言ってくれたら別のメニューを考えたのに。


「はははっ、実は一刻も早くここへ来て、コーヒーをいただきたかったんですよ」


 おー、それならば、良かったけど。

 でも待ち合わせ中に食べるには、あの大量のジャガイモは重過ぎるんじゃないのかな。


「そんなことはないですよ。新しいジャガイモの食べ方を発見しましたし」


 ——それに。


 言葉を続けながら、立ち上がるマティアスくん。


「待ち人は、もう来たようです」

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