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第8話 異世界で、初めて涙した夜。なのだ

 庭園を抜けると、その奥に姿を現すのは立派な聖堂。

 日本にあったなら、即文化遺産になっていたであろう。

 西洋式の建築物だから、そうそう日本にはありそうにないけど。


 マティアスくんに促されて聖堂に足を踏み入れれば、どことなく見覚えがある趣。


 ここは、わたしが召喚された場所のような気がする。

 あの高い天井。天使が舞う天井画。うん、間違いない。


 そして床に描かれているのは大きな魔法陣。

 いやあ、異世界だねえ。


 その魔法陣の上に鎮座しているのは……。

 なんだ、こりゃ? 軽トラック?


 あーっ、これは、もしかしてわたしを跳ね飛ばした軽トラックじゃないか。

 昨晩大の字になっていたのは、祭壇の上ではなく軽トラの荷台だったのだ。


 しかもこれ、昭和の時代に日本を走っていたオート三輪とかいうものではなかったかな。レアものだーっ。


「この場所は、年に行われる様々な神事が行われる神聖な場所であり、それは召喚の儀に使われる神器なのです」


 ひえーっ、そんなご大層な代物だったのか、これは。

 よく見ると鉄じゃないね、これ。よく分からない謎の物質で出来てるんだな。

 とりあえず拝んでおこう。ありがたや、ありがたや。


「召喚の儀、というのは年間の神事の中でも特に重要なものであり、昼と夜の長さが同じとなる日、年に二回行われます」


 昼と夜が同じ長さ? 春分の日と、秋分の日ってこと? 意外にしょっちゅうやってるんだね。


「古の召喚の儀は、文字通り我が国が危機的な曲面を迎えた時、神に祈り、救いとなる聖人様を召喚する儀式でした」


 ふむふむ、それでわたしが呼ばれたって訳ですか。


「過去の記録をかんがみれば、国の存在が危ぶまれると、その度に、その危機を乗り越えるための異能を携えた聖人様が呼び出されたと言います」


 ええっ、異能だって?! わたしは、そんなもの持っちゃいないぞ! 自分で気付いてないだけなのかな?


「聖人様は我々にはない技術や知識を持ち、それを具現化する魔法を行使して、我が国を何度も危機から救ったと伝えられます」


 ひゃーっ、現代知識と技術、それを具現化する魔法だって? そりゃ、もうチートじゃん、チートっ!

 わたしにも、そんなチートな能力が備わってるっていうの? 我ながら、見たとこ何も変わったようすはないけど。

 で、今回この国を襲う危機っていうのはなんだい? 魔王でも討伐するのか?


「今現在、どころか、この数十年、我が国において、その存在を脅かすような破滅的な危機は訪れてはおりません」


 マティアスくんから先ほどまでの和やかな笑みが消え、どことなく沈痛な面持ちとなる。


「召喚の儀というのは、かつてこの国を救ってくれた英雄、即ち聖人様たちに感謝を捧げる儀式なのであって、実際に聖人様が召喚されたという記録は、もう何十年もないのです」


 あれ? なんか嫌な予感がしてきたぞ。


「昨夜も、姫様が中心となり、年間恒例の慣例的な行事として事が行われることになっていたのです」


 あー、なんか、わかっちゃったかも。


「ですから我々も驚いたのですよ。本当に貴方が、この世界に召喚されてしまったことに」


 はい、わたしは招かれざる客でした。


 どうりで皆さん、微妙な顔してると思ったぜ。


 ということは、わたしは聖女様ではない? ただの異邦人? 魔法陣からやって来た異邦人? なんちゃって。


「あなたは伝説の聖女様ではないであろう、というのが宮廷魔導師団の出した結論となっております」


 ああ、やっぱり。わたしごときが聖女様であるはずなかったのだ。

 悔しいけれど、その事実は受け入れよう。


「では、わたしを元いた世界に帰してください」


 マティアスくんは、その顔に漂う悲壮感を、より一層深めると、ぎゅっと目を瞑り首を横に振った。


「聖人様が元の世界に還る方法はおろか、還ったという記録すらも、どの文献にも一切存在しておりません」


 ええっ、わたしは元いた世界に帰ることができないのか。

 この世界で頑張って、この国を救ったりすれば、帰ることができるんじゃないのか。






「ごきげんよう」


 マティアスくんに別れの言葉を告げ、わたしは踵を返す。

 彼が、去り行くわたしの背中に何か言っていたようだけど、よく憶えてない。



 気がつけば、どこをどう歩いてきたのか、もといたお部屋に帰っていました。

 部屋には、もうネーナさんもいなくなっていて、しんと静まり返っています。

 乱暴にカーテンを閉め、着ていたドレスも脱ぎ捨ると、ベッドの中に潜り込みました。


 そしてその夜、わたしは一人で泣いたのでした。

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