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第79話 カフェ『炎の剣亭』、ただ今絶賛営業中? なのか その一

「こんな狭いところで、そんな魔法を使うんじゃあないっ! 危ないだろうがっ!」


 誰か、とは言っても、今ここにいるのは、わたしとおっちゃんの二人だけだ。

 声を掛けてきたのは、おっちゃんに決まっているのだ


 なんだか、心底焦っているような表情のおっちゃん。

 ありゃ? こんな顔初めて見たよ。どうしたのさ?


 てへっ。わたし、またなにかやっちゃいました?

 なんちゃって。

 いえ、気にしないでください。一度言ってみたかっただけですから。


「こんなにデカい魔力を感じたのは久し振りだ。オレともあろう者が、少しばかり驚いちまったぜ」


 ええっ、そんな怪しいやつがいるの? 誰? どこ?


「いや、お前のことだよ。ホズミ」


 いえいえ、わたしは今イメトレをやっていただけです。

 わたしは、まだまだ超初心者なので、毎日の練習が大切なのです。


「に、しちゃあ恐ろしいほどの魔力の集積を、お前から感じたぞ」


 決して職場の片隅なんかで、こっそりと魔法を発動しようとしていた訳ではないのです。


「ごめんなさい」


 ワタクシ、おっちゃんがビックリするようなの使い手ではないと思うのですが。

 でも、なんだか悪いことしちゃったな。とりあえず謝っておこう。


「どうも、ご迷惑お掛けしました」


「そもそも何だ? イメトレってのは? 最近マティアスのところでは、そんなことを教えているのか」


 わたしは、イメージトレーニングについて説明する。

 元いた世界では、よく運動部の人たちがやっていたトレーニング方法。


 剣道部にいた頃は、宿敵薙刀部のエースを相手に良くやっていたものさ。

 実際に身体は動かしたりはしないけれど、頭の中で仮想敵と対戦してみるのだ。


 マティアスくんと話をしていて、魔力をうまくコントロールするにはイメトレが有効じゃないかと思ったのさ。


 正しい呼吸法で魔素を吸い込んだら、お腹でそれを魔力として練り上げて、血流のように全身に巡らせる。

 それを想像力豊かに頭の中で思い描くのが、魔力コントロール、ひいては魔法行使の第一歩なのだそうだ。


 次の段階では世の理を学んで、その具現化を、やっぱり頭の中で想像力逞しく妄想するらしいのだ。

 マティアスくんの言う世の理っていうのは、どうやら物理法則のことかなー、なんて考えている。


 世の理を深く知れば知るほど、魔法の効果は高くなるそうだから、間違いないと思うんだけど。

 マティアスくんが教えてくれた氷の魔法の説明も、なかなかに物理の授業っぽかったしな。


 そこへいくと、ウル翁の魔法というのは、時々とっても不思議だ。

 あきらかに人智を超えている。マティアスくんの使う魔法とは別物である気すらする。

 だって、時空を操ってるっぽい魔法まで使っている節が見受けられるんだよ。


 そのことを尋ねてみても、マティアスくんも、ウル翁本人にも言われる言葉は、ただ一つ。


 ——ひ♡み♡つ♡


 だから、その辺りのことは、あんまり深くは考えないようにしているのだ。




 わたしの話を、ふむふむと聞いていたおっちゃん。


「要するに、頭の中、想像上で修練するってことだろう。オレが師匠に教えてもらったザゼン法と似ているな」


 むむ、今ザゼンって言ったのか?

 ザゼンって、坐禅のことかな?


 坐禅は、昔、父ちゃんが、ちょっぴり凝っていたので、付き合って始めたことがある。

 子どもだったわたしは、すぐに退屈して、同じ時期にヨガにはまっていた母ちゃんの方に鞍替えした覚えがあった。


「ザゼン法は、こんな風にやるんだ」


 そう言うと、おっちゃんは床の上にぺたりと胡座をかいた。


 ひゃー、まんまじゃないか。

 なんで、おっちゃん、いやいやウル翁は坐禅なんて知ってるんだ。


 ウル翁の教えてくれたザゼン法は、本来、森の中とか、泉の畔であるとか自然の中でやるものだとか。

 その際は瞑想したりはせず、できる限り自分を空っぽして、自然に囲まれている感覚ってやつを全身で受け止めるそうな。

 自分以外の存在を五感を駆使して感じ取った結果、また自分自身が、その自然の中にいるという認識を持つらしいのだ。


 うー、難しくて、良く分からない。

 けれど、やっぱりそれは坐禅のように思える。

 ウル翁のことだから、歴代の聖人様の記録でも読んだのでしょうか。

 その中に坐禅に凝っていた聖人様がいたとしても、まあ、おかしくはないよね。


「この前、師匠に連れ去られ、いやご高説を伺った時にも、このザゼン法を組まされた」


 どうやらおっちゃんは、ウル翁様にこってりと絞られたようだ。

 たぶん、少しでも姿勢が崩れたりしたら、あの杖でポカリとやられたに違いない。


 そんなところを想像して、くすくすと笑うわたしを怪訝そうな眼差しで見るおっちゃん。


 ああ、いえ。わたしと同じで、ひとところに座して、心を無にするなど苦手なのだろうと思ったら、なんだか微笑ましかったのです。


 きっと、おっちゃんもヨガの方が合ってるのかも。


 ヨガっていうのは、昔のインド……だったっけ、インドっていうのは元いた世界にあった国の名前なんだけど、その昔のインドで流行ってたやつだ。

 呼吸を調節しながら瞑想してだね、その中で自然と一体化するっていう、ありがたい修行だそうだ。


 わたしも母ちゃんも、小難しいことは分からないので「古来インドから伝わったとかいう、妙なポーズと共に瞑想する、なにやら健康に良さそうなもの」という認識なのだ。

 でもやってみると、これがなかなか気持ちが良い。腹筋ローラーを頑張るついでに、就寝前にやったりすると安眠できるのだ。


 どうだい、おっちゃん。わたしと一緒にヨガをやってみない?


「ふむ、それもまた興味深いな。ちょいと教えてくれ」


 本当はマットレス、いえ、柔らかい布を引いた上でやると良いのですが。

 そうすると、肘とか膝とか背中なんかが床に当たっても痛くないのだよ。

 そう言うと、さっそくおっちゃんは二階に上がって、ブランケットっぽいものを持ってきてくれた。


 おっちゃんとふたり、『炎の剣亭』のフロアの上でヨガを始める。


 “ネコのポーズ”を、幾つか教えて、最後に“しかばねのポーズ”で締めようとしていた時のことだ。


「うわあああああっ! どうしたんですかミヒャエル先輩! ミヅキさん!」


 小雨の中、誰かが『炎の剣亭』を尋ねてきたのでした。

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