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第69話 カフェ『炎の剣亭』、ただ今準備中なのだ その三

 ごっきゅ、ごっきゅ、ごっきゅ……。


 ぷはーっ。


 おっちゃんは、喉を鳴らしてアイスコーヒーを飲み干す。


「うまいっ!」


 おっちゃんのリアクションに、わたしは心の中でガッツポーズを決めた。

 マティアスくんも、そんなわたしを見て、うれしそうに頷いている。


 事前の作戦通り、仕入れてきた食材を手分けして片付けたあと、一息入れたい頃を見計らってコーヒーのプレゼンをしたのだ。


 なにしろ出掛ける時は手ぶらだったおっちゃんは、小さめながら荷馬車一台分の荷物と共に戻ってきたのだ。

 帰ってきたおっちゃんと手分けをして、その荷物を『炎の剣亭』へと運び入れたんだけど、それがまた一苦労。


 とは言うものの、わたしはおっちゃんの指示に従って、比較的小さくて軽いものだけを、あっちこっちへ仕舞っただけなんだけど。

 あんな大きな樽だの何だのを軽々と持ち上げて、次々に運び込むおっちゃんに敬意を表さずにはいられないわたしでした。


 しかし、そんなおっちゃんに、「お疲れさま」とコーヒーを勧めるタイミングを見計らっていたのだ、実は。

 我ながら、わたしって悪い女だな。ふっふっふっふ。


 おそらくチャンスは一度きり。

 おっちゃんが、仕入れてきたエールだのワインだのを、商品チェックと称して飲み出す前。


 働いて火照った身体には、まず冷たいもの……。

 といきたくなるところを、敢えての熱いコーヒーでリラックスしてもらってからの本命。

 アイスコーヒーの登場なのだ。じゃじゃーん。


 わたしの作戦がうまくいったのか、淹れる段階から興味津々だったおっちゃんは、これから始まる昼営業でコーヒーを出す計画にも、残った氷をバリバリと噛み砕きながら快くオーケーをくれたのでした。


 そして、ついに本日より『炎の剣亭』のお昼の営業を開始したのだ。


 正面の壁を大きく開け放ち、件の屋外用のイスとテーブルを設置して、お客さんのいらっしゃるのを待ち受けるわたしたち。


 しかし、だ。


 コーヒーを淹れる。

 辺りは良い香りに包まれ、次いでお店の前の通りにもそれは広がる。


 わたしとおっちゃんはコーヒーをお店の前で飲む。

 演技なんかしなくても、それは至福のひと時。

 ふたりは笑顔に溢れる。


 コーヒーの香りに誘われたのか、行き交う人々は足を止め、こちらを伺う。

 わたしは、「どうですか? コーヒー」という気持ちを込めて、にっこりと微笑む。


 ここまでは、いいんだ。


 問題は次だよ。

 にっこりと微笑みかけた方々は、やはりにっこりと会釈を返してくれるのだけど、そのまま心なしか足早に去っていってしまわれるのだ。


 なんでだーっ!


 ウル翁のブレンドは、アイスでもホットでも香りが立つものらしい。

 なんとウル翁は、薬草でも調合するかのようにコーヒーをもブレンドしているっぽいのだ


 その事実は、わたし自身や、若き天才魔導士でもあるマティアスくんの鼻で証明済みである。

 言ってしまえば、コーヒーには疎いルドルフさんや、ネーナさんまでが認めている。まである。


 『コーヒーの良い香りでお客さんを釣るのだっ! 大作戦』が間違っていたとは思えない。


 なにか他に原因があるのか?


 確かに例年よりも早めの昼営業の開始らしい。

 本来ならば『炎の剣亭』を含め、下町にあるお店の昼営業の季節は、もうちょっとだけ暖かくなってからだという。


 コーヒーのお披露目も兼ねて、プレオープンみたいなつもりでやっていたのだけれど、町行く人々にはそうは思われてないのかもしれない。

 単純に、きたる昼営業に向けて大掃除中。その合間に、謎の飲み物を摂って休憩中。とか思われてたりして。


 ということは、お客さんが寄り付かないのって、わたしが原因か?

 確かに、この国には背も高く、目鼻の整った美形の方々が多い。

 というより、わたし以外は、みんなイケメンとベッピンさんばかりだ。


 わたしって彼らに比べると顔が平たいしなー。金髪やら、碧眼やらがデフォの中、黒髪に黒い瞳って地味だよね。

 おまけに日頃から、あんまり笑い慣れていないせいで、不気味な店員がこっち見て笑ってる、だとか思われてるのかも。


 それに引き換え、おっちゃんときたら見た目だけは良いからズルいなー。

 黙ってコーヒーを飲んでる分には、これ以上ないってくらい男前だ。


 わたしは、飲み終えたマグカップをテーブルに置くと、すっくと立ち上がる。


「店長、休憩に入らせてくださいな」


 おっちゃんは、残ったコーヒーをワイルドな仕草で飲み干す。


「おう、いって来い。だがその前に頼みがあるんだ」


 おー、ついにおっちゃんも、今日の営業状況に危機感を覚えたのか。

 なにか、この状況を打ち破る、良い打開策でも思いついたのかな。


「コーヒーのお代わりを淹れてくれないか」


 はー、さいですか。


 なんだか、いつにも増して今日はがっかり感が強い。


 そんな訳で、わたしは賑やかな町中を一人、歩いていたのでした。

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