第62話 カフェなのだ
こうして『炎の剣亭』を改めて見てみれば、それが定食屋であったとしても、また居酒屋であったとしても、要するにお料理がメインであっても、お酒がメインであっても、どちらもいける作りなお店のように思うのだ。
壁を始め、並んでいるテーブルやイスは木目を生かした、美しい木製品でありながら、尚且つ頑丈そうで実用性も高そうだ。
まるで、このお店を擬人化したらおっちゃんになるような……。
逆かな。仮におっちゃんが、お店と化したら『炎の剣亭』になるのかな、って感じ。
でもそのおかげでコーヒーを楽しむようなお店からは、程遠い雰囲気のお店となっている『炎の剣亭』。
おっちゃんの、漢らしいというか、頑固というか、朴念仁というか……。
とにかく、そういった面まで具現化されているような場所なのだ、ここは。
近頃のぐーたらなところまでは、反映されていないのが幸い。
けど、よく考えたら、おっちゃんのはぐーたらってのとはちょっと違うか。
おっちゃん、根が真面目で努力家だもんなー。
商売の才能は、あんまりないみたいなんだけど。
ここは頑張って、なんとかおっちゃんのバックアップをしたいところ。
ゆくゆくは、ホントに共同経営者として認めてもらえたらいいんだけど。
はあーっ。道のりは、まだまだ長いなー。
お店作りのセンスはいいし、こちらでは珍しい現代の家電品っぽい魔導器も充実してるし、もちろんおっちゃんの腕だって最高だ。
特にマティアスくんと共同開発したという防犯機能は、確かに充実していて、『炎の剣亭』は鉄壁の防御を誇る。なにしろ防犯機能の最終兵器は、おっちゃん自身なのだから。
わたしは、おっちゃんの「なに、もし賊が押し入ってきたら、オレが相手をしてやるよ」という言葉に安心と信頼を覚えたものなんだけど。
でも、なんだよ。おっちゃんの頑固な性分を象徴するかのように『炎の剣亭』には、開放感ってものが決定的に欠けている気がするのだ。
なんとなーく、“カフェ”とか、“ティータイム”とか、“優雅”とか、“安らぎ”とか、“癒し”とか、そういうもんとは、かけ離れて見えるのは、そのせいだろうか。
そもそも『炎の剣亭』には、窓ってものがない。
いや、壁の高い所には明かり取りの細長いやつがあるけれどもさ。
たぶんお店の両脇はお隣さんと密着してるっぽいし、奥は厨房で、そのまた奥は倉庫だし、倉庫脇の扉からは裏庭に出ることができるけど、全面一枚板の木戸だし。
わたしは、お店正面の壁をじっと見つめる。
うむ、木目が美しい。しかも正面だけあって以外に広い。
といっても両脇の建物、というか、この辺り一帯の建物同様に間口が狭くて、奥行きがあるという縦長な構造。
だからといって日本の江戸時代に建てられた、鰻の寝床と言われている建物ほどは細長くはないのですが。
ちなみに『炎の剣亭』があるのは、山の手エリアとはいえ、お城からはちょっと距離がある場所に位置している。
周りも小ギレイで瀟洒な建物揃いなんだけど、この辺りの街並は、エリア全体がこぢんまりしている印象なのだ。
お城に最も近いところにある一等地には、騎士団とか、魔導士団なんかの庁舎関係、そしてルドルフさんを始めとしたブルジョワジーな貴族様たちの、これぞ豪邸っていう建物が軒を連ねている。
いや、軒を連ねてはいないかな。お庭が広いとこ多いし。どのくらい広いかっていうと、馬車がゴトゴトと何台も横付けできるくらいの広さを持っている——。
ともかく、そんな大きなお屋敷が、デデーンと並んでいるのだ。
また思考が脱線した。
妄想は、既にわたしの固有スキルなのだ。
と、そういうことにしておこう。
なんだっけ?
そうそう、この妙に広く感じる壁。
いつも壁を拭いてるとジャマになる、壁の角にある妙な突起が目に入る。
それ以外は、特になんのヘンテツもない、木でできた手ざわりの良い壁。
出入り口となる、分厚そうな一枚板の扉以外は付いていない、この壁。
なんだか他の壁とは、毛色の違う板材を使っていそうに感じる、この正面の壁。
ここがこうパッカーンと開いたりすれば、『炎の剣亭』も随分と解放感のあるお店になるんだけどな。
頭に浮かぶのは、花の都でよく見かける舗道沿いのテーブルでお茶を嗜む人々。
あんな風に、天気の良い日はお店の前に設けられたテーブルで一息つきたいものさ。
またもや妄想を繰り広げそうなわたしは、マティアスくんから思いもかけない言葉を聞くことになるのだ。




