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第57話 みんなで、コーヒーを飲むのだ

「あの、ミヅキさん。大丈夫ですか?」


 しまった。また秒で妄想ドライブに入ってしまった。

 しかも、その上位互換であるところの妄想トランスに、またもやフルダイブだ。


 この前倒れてしまった時といい、なんだか心配かけてばっかりだね。

 ごめんなさい。大丈夫です。これからは自重します。


「はい。どなたにおススメしようか、少々考えておりました」


「それでしたら、魔導士団や騎士団の若手に紹介するのがよろしいかと」


 マティアスくんも、おススメ先はドコが良いかを考えていたらしい。

 真っ先に浮かんだのは、魔導士団内の同じ世代のお仲間たち。

 それから、交流のある騎士団所属の魔導士の方々だそうで。


 おー、そう言えば騎士団の若手って見習いの少年たちばかりではなかったね。


「僕たち若手の間では、お茶でも飲みながら軽く食事をしたり、ほっと一息つける場所を探している者が多いのです」


 わたしもお世話になっている若手の騎士や魔導士の宿舎は、今や元の世界でも珍しい、どこかの会社の独身寮みたいなものなのだ。

 入居者のお部屋は各人個室ではあるけれど、キッチン・バス・トイレは共同。どちらかと言えばスポーツ強豪校の合宿所に近い気がするよ。

 とはいえ個室はそこそこ広いし、共同で使っている場所は交代でお掃除しているからいつもきれいだしで、特に不便さを感じることなんてない。

 むしろ、こんな良いお部屋に住めるなんて、わたしって幸せ者。という気すらしてくるのだ、そこで毎日を過ごしていると。


 でも入居早々、朝早くから夜遅くまで『炎の剣亭』に入り浸っているせいか、宿舎のお隣さんの顔も良く知らないのだ。

 交代制のお掃除当番だって、まだ引っ越してきたばかりなもので、そのローテーションメンバーにも入ってないし。

 今のところ、使った分、使った場所をきれいに保っているばかり。知っている顔といえば出入り口付近に常駐している管理人さんだけなのだ。


 こんなことなら引っ越した当日に、日本式のご挨拶に伺っとけば良かったよ。

 でも、この世界におソバはないよね。菓子折りもないだろうな、きっと。


 ちなみに男子棟の方は、どんなコトになっているのかまでは存知あげませんが。


「僕たちの住む棟も交代で掃除しているのできれいなものですよ。ただ、自炊する者はあまりいないので炊事場と食料庫は別の意味できれいなんですけどね」


 苦笑しながら答えるマティアスくん。各個人のお部屋の中はともかく、宿舎男子棟も清潔に保たれているようで善きかな。

 マティアスくんのお仲間なら廊下のホコリを自動的に集めてくる魔導機くらい作りそうだし、ルドルフさんの指導する若手騎士の皆様なら熱心にお掃除にも取り組みそうだね。


 わたしは、彼らがワイワイと宿舎のお掃除やら、洗濯やらの家事に勤しむところを想像して、少し微笑ましい気持ちとなってしまった。

 いえ、大丈夫です。まだまだ妄想ドライブには入ってません。


「洗濯や掃除はなんとかなるんですが、食事ばかりは、もうご存知のとおり侘しいものですよ」


 そう言えばマティアスくんも研究室に籠もりっきりの時は、お湯で戻して食べるマッシュポテトっぽいもの食べていたな。

 ルドルフさんみたいに、お家に帰れば食事が用意されてる方たちならばいざ知らず、そうでない方たちはどうしてるんだ?


「大抵の者は、僕のようにビン詰めの食材で済ましてしまったり、下町の総菜屋で出来合いのものを買ってきたりと、いろいろですね」


「えーと、そのう……。『炎の剣亭』みたいな居酒屋さん的なところへは行かれないんですか?」


「そうですね。そういったところは、どうしても夕方以降はお酒が中心になりますし、出て来る料理も少々繊細さに欠けるというか……」


 語尾を濁すマティアスくんの表情から、どうやらこの世界でも若手の食事情は、コンビニ弁当やらカップ麺やらを愛用する元の世界とは大差はないみたい。

 そして、さらに詳しく話を聞いたところによると、お食事処であるとかの外食するという概念が、この世界ではとても珍しいものなのだそうだ。


 貴族の皆様も、商人さん、職人さん、その他諸々の方々も、皆さん食事はお家で作り、お家で食べるものらしいのだよ。


 お金持ちの貴族様ともなれば専用の料理人まで雇っていると言うし、食材の仕入れも出入りの商人さんがご用聞きに伺うようだ。

 おー、三河屋さんシステム。


 そして総菜屋とは言っても、わたしたちの知るスーパーのお惣菜コーナーとも少し違うらしい。

 出来合いのお惣菜を買って帰っては、お家で食す。というところ迄は一緒みたいなんだけど。


 マティアスくんの話によれば、そういったお店は、元は薬草屋さんだったりすることが多いらしい。

 そこで売られているのは、近所のお肉屋さんから仕入れてきた腸詰めを茹でたものだとか、近所の八百屋さんから仕入れてきたお野菜を煮炊きしたもの。それらを一皿単位で売っているのだ。

 もちろん、どこの店も『炎の剣亭』でもお馴染みの茹でたジャガイモ、そこの店で漬けたキャベツの酸っぱい塩漬けなんかも併せて売っているらしい。


 並んでいるお惣菜を好みで組み合わせて買って帰れば、お家で「定食?」それとも「お弁当?」が楽しめると言う訳なのだ。

 そりゃあ、『炎の剣亭』を始めとした、いわゆる「酒場」的なお店は、マティアスくんのような安らぎや癒しを求めたい若者たちには受けないよね。


 わたしは『炎の剣亭』が、着々とおっちゃんの道楽の店と化しつつあるのを思い、ため息をつくのでした。

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