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第56話 コーヒーとの再会なのだ

 ほう……。


 美味しかった。


 最後の一口を味わい終えて、わたしはその余韻に浸っている。


 この一杯は、コーヒーという至福の飲み物であるばかりか、ウル翁のコーヒーを巡る旅の記録でもあったのだ。

 味わい深いこと、この上ない。


 この味を、わたしたちだけのものにしておくのはもったいない。

 おっちゃんだけに、こっそり紹介する。それもまた、もったいない。


 ネーナさんや、ルドルフさん、できれば王様や、あの超絶美少女のお姫様。

 この世界に来てからお世話にになった方々をはじめ、すれ違う町のみんながコーヒーを飲んで、まったりと寛ぎのひとときを過ごしている様を、ぼんやりと思い描く。


「これを、みんなにも飲ませたいな」


「これは、みなさんにも飲んでほしいですね」


 二人同時に口を突いて出た言葉。

 わたしとマティアスくんは思わず顔を見合わせる。

 そして、ちらりとウル翁のようすを伺うのだ。


「うむ、構わんよ。もとより、そのつもりじゃ」


 ああ、ウル翁ときたら、なんて太っ腹。

 ぽんっ、ぽんっ、ぽんっ。感謝のハラツヅミ三連発だ。

 ありがとう! ありがとう! ありがとう!


 でも、ホントにいいのかな。ウル翁にとってもコーヒーは貴重品なものでしょう?


「儂には、わかっておった。まあ、いろいろとな」


 ん? それはなんの話?

 わたしたちが、このお店に来るってことが?

 それとも、わたしたちがコーヒーを好きになるってこと?


 あるいは……。


 ウル翁、今度は「秘密」とも「内緒」とも言わずに、ただ微笑むばかり。


 わたしは、その底知れぬ懐の深さに、おとなしくご好意に甘えるしかできないのでした。




 さてさて、そうと決まれば、あれこれと考えなくてはいけないことが山ほどある。


 まずは、いつドコで出すのか。

 それは、当たり前だけど『炎の剣亭』。

 でもって、おっちゃんが帰ってきたら始まるであろう昼営業にて。


 なにを出すのか。

 それはもちろん、今いただいたばかりの『ウル翁ブレンド』。


 そして、ここが一番の悩みどころ。

 誰に、どのように出すのか? かな。


 ネーナさんやルドルフさんは、マティアスくんと同じように一杯飲んだだけで、この味わいを分かってくれると思う。


 あの頑固そうなおっちゃんでさえ、一杯どころか最初の一口で、このコーヒーという飲み物を気に入ってくれるんじゃないかなっていう確信めいたものが、わたしにはある。


 理由はないけど。


 となると、やっぱり『炎の剣亭』の常連さんたちかな、始めは。

 でも、あの方々は夜にしか来なさそうだし。

 仕事上がりの一杯を楽しみにしている方々にコーヒーをおススメするのも……という気もする。


 ダメだ。他を当たろう。


 そもそも、おっちゃんは昼営業の客層を、どう想定しているのか。

 おっちゃん一人の貸し切り状態で、昼間っから楽しもうとしているだけなのか。


 いや、まさかねー。ないよねー、そんなこと。


 おそるおそるマティアスくんを見ると、彼も複雑そうな笑みを浮かべている。


 えっ? あるの? どうなのマティアスくん?


「いや、先輩に限ってそんなことはないのですが、意図せずしてそうなってしまうことも……」


 わたしは、語尾が尻つぼみになるマティアスくんに詰め寄った。


 しばらく前まで、『炎の剣亭』がまだ盛況だった頃、お昼前後、つまりランチタイムも多くのお客さんでいっぱいだったという。

 おっちゃんを慕う騎士や、魔導士、冒険者の方々のみならず、下町の商人さんやら職人さんまでもが、遅い昼食をとりに来ていたらしいのだ。


 その頃は『定食屋』だったであろう『炎の剣亭』は、いろいろな大人の事情で『居酒屋』になって、今に至る。


 その間に暖かい季節にやっていた昼営業が、実質おっちゃんの貸し切りになってしまったのは想像に難くない。

 おっちゃんの優しさは裏目に出て、今やまさにおっちゃんの道楽の店と化しつつある『炎の剣亭』。


 おっちゃんだって、その未来を危ぶんだからこそ弟子を募集したんじゃないのかな。


 そこへ弟子として押し掛けたわたしは、微力ながらもおっちゃんの力になりたいのだ。




 そうだ、この前お伺いしたルドルフさんとこの騎士見習いの子たちなんかどうだろう。


 でも待て待て。あの子たちくらいの年頃だったら、夏のお飲物は麦茶と相場が決まっている。


 麦茶かー。この国では、麦は手に入るんだろうか。

 パンは貴族の方々はともかく、庶民の皆様の間では、あんまり流行ってないって言うし。

 でも、パンの材料は小麦だったかな。


 麦茶は確か大麦を煎ったやつを、煮出して作るはず。

 大麦って、この国にあるのか。

 そう言えばエールの原料ってどっちだ?

 大麦? 小麦?

 あれ? ホップってなんだっけ?


 あー、そうじゃない、そうじゃない。

 麦茶のことじゃなかった。エールのことなんて、もっとどうでもいい。


 騎士見習いの子たちに、コーヒーを飲んでもらうにはどうしたらいいんだろう?


 そうだ、差し入れとして持っていくってのはどうかな。


 でも部活の差し入れだったら、定番のスライスしたレモンの蜂蜜漬けとか。

 レモンと蜂蜜かー。探せばあるのかな。あるような気もするし、ないような気もする。


 あー、また脱線してる。

 騎士見習いは、部活じゃなかったよ。


 って、そういう話でもなく、コーヒーの話。

 コーヒーのこと、考えなくっちゃ。


 そう、あの子たちにもコーヒーを。

 この町の、みなさんにコーヒーを。


 うーん、アイスコーヒーだったらどうかな。


 マティアスくんに頼んで、淹れたてを瞬時に冷やすっ! みたいな魔導機を作ってもらえば、なんとかなるかも。


 試験勉強をしに図書館にいった帰り道。

 校則では禁止されていた、寄り道をしていただくコンビニのアイスコーヒー。


 そんな校則があることさえ知らない友達と一緒に、コンビニで買い食いする背徳感。

 友達は、なにやらスムージー的なものにご執心だったけど、わたしはアイスコーヒー一択。

 でなければ、カフェラテ。最近のコンビニは、ちゃんとミルクを使っているので、あれも侮れない。


 実は、わたしは生徒手帳の校則であるとか、家電品の取説なんかをスミからスミまで目を通す性分たちなのだ。以外にも。


 って、なんの話をしてたんだっけ?

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