第49話 『炎の剣亭』は秘密がいっぱい。なのだ
主のいない『炎の剣亭』は、ひっそりと静まりかえっている。
心なしか店内がひんやりとしているのは、なにも気のせいばかりではないようだ。
店の奥、その暗がりには、確かに得体の知れないナニモノかが潜んでいるように思われてならないのだ。
「ああ、それは、以前僕の作った魔導式空調設備です」
店の奥で、低く唸るような音を響かせていたそれは、どうやらマティアスくん作の魔導器であるようなのだ。
ええっ?! マティアスくんときたら、こんなものまで作ってしまうのか?!
「ええ、まず旧魔法の、特定の石に魔力を注ぎ込んで留めておく技術を、魔導器全体に魔力を循環させるために応用したのです」
うむ、さっぱりわからん。電力の代わりに魔力を使うってことなのかな。
「魔法を発動させるには、この世の理を知らねばなりません。その話から始めると、全てを説明するのに何日か必要になりますけど、お聞きになります?」
世の理って物理法則のこと? わたしは文系女子なので、そういう話には疎いんだよ。ごめん。
「ふふふっ、それは残念ですね。では、また今度ゆっくりと」
マティアスくんは、ちっとも残念そうではない顔でにっこりと微笑む。
「ミヅキさんが、元気になったみたいで何よりです」
ああ、やっぱり。マティアスくんにも心配かけてたんだよね。
ありがとう、ありがとう。心を込めて、お礼の料理を作るよ。
「あるもので何か作りますので、どこかお好きな席へどうぞ」
「ありがとうございます。でもちょっと、僕もここでやっておきたいことが……」
そう言って、マティアスくんは店の奥へと消えてゆく。
そうなのだ。
マティアスくんは『炎の剣亭』の店内にある、元の世界でいうところの家電製品に相当するものを魔導器として開発しているらしいのだ。
しかも、この建物全体の防犯システムまで含めて。
おっちゃんから、この店の留守を預かったわたしは、当然各出入り口の鍵も託されている。
しかし先ほど、ここに入る時、先導していたのはマティアスくんだった。
彼が扉に向かって手をかざし、なにか早口で呪文を唱えれば、見事にそれは解錠する。
鍵を取り出して待っていたわたしに、彼は「どうぞ」と扉を開けてくれたのだ。
びっくりしたよ、わたしは。
この扉が、魔力を使って閉じられていただなんて。
そして、この鍵だとばかり思っていたものが、実は魔力の制動装置だったなんて。
「この店の設計も、知り合いの建築家の方と共同でやったんですよ」
うん、確かに『炎の剣亭』を一目見た時から気に入ってしまったのは、ここが木造建築だったからというのも理由の一つなのだ。
ここ王都では、石造りの建物が多い。あとは見た目だったら漆喰のように見える謎素材の建物。
ルドルフさんのいる騎士団の庁舎も、マティアスくんのいる魔導士団の庁舎も、そして、この辺りのお屋敷もみんな白いんです。
まさに白亜の御殿という感じなのです。
その真っ白な貴族街では珍しい、なりは小さくても、一際目立つ、木目が美しい洋風の建物。
それが『炎の剣亭』。
木造なもので、外観は庶民的な親しみやすさももあり、こうして内側から眺めれば、なんとシャレオツなことか。
おっちゃん、さりげなくセンスいいんだな。
この建築様式はマティアスくんの実家がある、北の地方独特のものだそうで、使われている資材も北国の特産品だそうだ。
壁も窓も二重構造になっているために、夏は涼しく、冬は暖かいそうな。
特に寒い冬の間、窓や壁が結露しないっていうのが素晴らしい。
毎朝、起きぬけに窓を拭くのは大変なのだ。
「僕の実家の領内で採れる木材は、この国でもちょっと有名なんですよ」
寒いところの木々は、毎年、少しずつしか成長しない。
代わりに、南で採れた木材に比べると、同じ太さでも密度が違うんだとか。
みっちりと細かい木目に彩られた、北の木材は、確かに美しい上に丈夫そうだ。
わたしはスイカを買うときのように、こんこんと壁を叩きながら、そう思ったのだった。
さてさて、食材の貯蔵庫をがさごそと漁れば、出て来たのはジャガイモ、ニンジン、タマネギ、キャベツ。
そして本日の目玉アイテム。おっちゃんが隠し持っていた骨付きの加工された肉。
お野菜の類いは、いつもと変わらず『炎の剣亭』の定番メニューに使われるものが、ちゃんと揃っていました。
「留守番中の飯は、店にあるものを適当に使っていいから。オレがいない間も、ちゃんと食べろよ」
そういう、ありがたいお言葉を残して旅立たれたおっちゃんは、貯蔵庫に幾つかの食材も残しておいてくれたのだ。
しかし、わたしは見つけてしまった。
貯蔵庫の片隅にある、観音開きの、まるでタンスのような物入れを。
鍵は掛かっていないようすなのに、正面の扉は頑として開かない。
そのタンスのようなものの周りを、背伸びして上の方を覗いてみたりしながら、うろうろしていたらマティアスくんがやって来た。
「それは小型冷蔵保存庫ですよ。今動作確認しながら、開けてみますね」
お店の中をぐるりと巡って、自身の設置した各種魔導器をチェックしたであろう彼は、最後にこの食材貯蔵庫に来たようだ。
小型冷蔵保存庫? 冷蔵庫?! 冷蔵庫ってこと?!
おー、そんなものまであるのか?!
「地下に行けば、小型冷凍保存庫もありますよ」
えー、冷凍庫まであるの?!
「食事のあとで、店内にある魔導器作動の呪文、教えますね」
なにやら、この『炎の剣亭』の秘密は、おっちゃんの存在以外にも満載だったのだ。




