第43話 お姫様の秘密は内緒なのだ【前編】
なんだって? おっちゃんのモトカノってお姫様だったの? おっちゃん、お姫様とお付き合いをしてたのか?
——そ、そうなの。ふーん。やるなあ、おっちゃん。
じゃなくて、お姫様と言えば王女様じゃないかっ。しかもお姉さんの方だよっ。すなわち第一王女様だよっ。第一だよ、第一っ。
もし王子様がいらっしゃなかったとしたら、ご親戚の方がいらっしゃなかったとしたら、王位継承者の上位に来るお方だよ。
世が世なら、お家騒動に発展しちゃうじゃないっ。
月も顔を出さない暗闇に閉ざされた夜。お城の片隅では、膝を付き合わせ謀を企む悪者ども。
「あのミヒャエルという若造、使えそうか?」
「あやつ、すっかり姫にのぼせ上がっておりまする」
「ふっふっふ。目論見通りだな。いつもながら、そのバカな若者を唆す手管。見事よのう」
「あやつならば、我らの思い通りに、この手の中で踊ってくれましょうぞ。くるくる、くるくる……とね」
「この分であれば、我らが、この国の実権を握るのも、そう遠い話ではあるまい」
「「ふっはっはっはっはっ!」」
はっ?! しまった!! 意図せず妄想が暴走してしまった。
もっとも、意図的に妄想することなんて、そうめったにないのだけれど。
しかもこれが、知りたくないことから目を背けるための現実逃避だなんてめっそうもない。
もともと、わたしには瞬時に頭の中で、あらぬ妄想をしてしまうクセがあるだけなのです。
これを、わたしは『秘技! 妄想オーバードライブ』と呼んでいるのだ。
ウソです。そんなことなんて考えている訳ありません。
ホントです。そんなことばっかり日頃から考えてる訳ないってば。
でもでもホントに、そーゆーことになっちゃたらどうするんだよー。
そもそも、そんな大物を良く誑かす気になったな、おっちゃん。
身分違いも甚だしいよ。不敬罪で捕まっちゃうとか考えなかったのかな。
わたしだったら、先の副将軍様に遭遇した時みたいに平伏しちゃうよ。ははー。平に、平に。
しかも平伏したあとだっていうのに、「やっておしまいなさい」とか言われちゃったら、とか考えると……。
「あのう、ミヅキさん……?」
はっ、いけない、いけない。また妙な妄想をしてしまった。
マティアスくんを始め、みんなが心配そうにわたしを見ている。
はい、大丈夫です。お話しの続きを、聞かせてください。
「当たり前のことではありますが、ミヒャエル先輩がその想いをマチルダ様にお伝えすることはありませんでした」
うん、そうだよね、そうだよね。
“おっちゃん・お姫様・想いを寄せる”から、とんでもないことを想像してしまったよ。
ハズカシイ。
「そして、マチルダ様に想いを寄せていた。というのも我々の想像でしかありません。先輩、その手の話は一切なさらない方なので」
「そうだな。仕事上がりに、よく一緒に飯にいったものだが、酒が入っても、そういった浮わついた話が出たことは一度もなかった」
そうだったんだね。よくよく考えたら、あのおっちゃんが、そう簡単にお姫様を口説いたりするとは思えないよね。
おっちゃんの秘めたる恋心かあ。なんだか、とっても切ないねえ。
なんだか、わたしまで、心の中がもやもやしてきちゃったよ。
件のマチルダ姫様。年の頃が、おっちゃんと同じくらいだったせいか、就任したての彼には最初から興味津々だったらしい。
当初から王家直属の護衛騎士ではあっても、姫様の専属ではなかったおっちゃんを何かと重用していたという。
「何故、マチルダ様がミヒャエル先輩に興味を持ったのかは判りません。王室の方は生まれも育ちも違う者には心は惹かれるものなのでしょうか」
「うむ。辺境生まれの冒険者育ちのミヒャエルには、礼儀作法をきちんとしてはいても我々にはない雰囲気を醸し出していたからな」
「では僕も辺境育ちのワイルドな雰囲気を醸していましたか? ルドルフ団長」
「ふむ。マティアスの場合、当時から隠しても隠し切れない凶悪な魔力が……いや、何でもない」
なにやら、お互いの当時の印象を、喧々と語り合う二人。仲がいいなあ。
それにしても、これだけいろいろとお話しを聞いているのに、わたしには“おっちゃん・恋愛・お姫様”が、うまく結び付けられない。
あーっ、もーっ! 何なんだ、この気持ち?
「ミヅキ様、先ほどからお顔の色が優れないようですが、いかがなさいましたか」
あー、ごめんなさい。おっちゃんとお姫様のお話しに、少しばかり動揺しているだけです。たぶん。
マティアスくんも、ルドルフさんも、そんなに心配そうな顔をしなくたって大丈夫。
それより、お話しを続けましょう。
「僕には、マチルダ様の方が積極的に先輩に近づいていったように思えました。先輩は内心面倒だと思っていたに違いありませんが」
「その頃の話は俺には良くわからん。なにしろ勤務場所が別だったからな。ミヒャエルとは城を出る時に顔を合わせるくらいだった」
なんだか、このお話しは『炎の剣亭』にとって、未来を切り拓くために大切なコトのように感じてきたわたしなのでした。




