第41話 おっちゃんの秘密は知らない方が良かったのだ【前編】
なんだって? おっちゃんの昔の女? おっちゃんって結婚してたのか?
あれ? そういうことじゃなくて? 昔、おっちゃんが想いを寄せていた女性の話?
わたしはとても混乱している。それとも、動揺していると言うべきでしょうか。
あのいかにも朴念仁そうなおっちゃんに恋人がいたのだ?! そりゃ、驚くよ!!
「そうなのです。ミヅキさん。ミヒャエル先輩の今の惨状、それはおそらくあのことが原因なんだと思います」
うわっ、びっくりした。マティアスくんが、急にいつものマティアスくんに戻ってる。
今まで生暖かい目で見ていた、お二人も驚いて……ない。
いつものことなのかな。何事もなかったように会話が続いてるよ。
「いや、マティアス。何度も話しているがミヒャエルに限ってそんなことはないだろう。第一、当時も俺の目にはそんな風にはみえなかったぞ」
「それは、先輩たちが恋愛的な機微に疎い朴念仁だからじゃないんですか。そんなだから先輩たちは未だに独り者なんですよ」
「なんだと。俺は騎士の仕事に全力で取り組んでいるだけだ。お前こそいい年して女性よりも魔法に夢中じゃないか」
うむ、朴念仁という言葉というか概念は、この世界にもあったのか……。
とか妙なところに感心している場合じゃない。何事もなくはなかった。
二人がケンカを始めちゃったよ。どうしよう、どうしよう。あたふた、あたふた。
「お二方とも静粛に。今はミヒャエル様の、いえミヅキ様の相談を伺っているのでしょう」
それまで黙ってわたしたちを見守っていたネーナさんが、パンパンと手を打ちながら、お二人を嗜める。
おー、ネーナさん、先生みたいだな、カッコいい。
「悪かったな、少し言い過ぎたようだ」
「いえ、僕の方こそ余計なことを言いました。ごめんなさい」
おー、ケンカのあとの仲直りだ。男同士の友情だ。うんうん。いいね、いいね。
「ですが私もミヒャエル様の更正を願っている者の一人。ミヅキ様に全てを打ち明けて、お力をお借りするのはいかがでしょう」
おー、ネーナさん、やっぱりカッコいい。
でも相談しに来たのは、わたしの方だよ。どうしよう?
ルドルフさんも、マティアスくんも、ネーナさんの言葉に深く頷いている。
本気ですか? 本気でわたしの力が必要なのですか?
でも……わたしなんかで果たしてお役に立てるものかな。
「わかりました。みなさんほどの方たちが、そうおっしゃるのなら聞かせてください」
とか言っちゃても、別におっちゃんの過去が気になるとか、中でも特に女性関係が知りたいとか、そういうんじゃないんだからね。
おっちゃんも、わたしと同じように色恋沙汰には縁遠い人種かと思っていたのだ。
だから、ちょっと置いていかれたような気分に勝手になってしまっていたのさ。
「ミヒャエルさんの過去に、いったい何があったのでしょう」
——では。
ネーナさんが、ゆっくりと語り始める、おっちゃんの昔話。
おっちゃんは、王都よりずっと南にある辺境の貴族の次男坊。
家督は継げないけど、剣や魔法の才は充分あったらしい。
子どもと言っても良い年齢から、地元の冒険者に加わって腕を磨いたという。
幸いにも良い師匠に恵まれて、十代の早いうちから冒険者として頭角を現した彼は、師匠の後押しもあって、ここ王都へと上京。
王都でも、あっという間に名うての冒険者となって、ついには騎士団へ入団することになった。
騎士団に入るには厳しい試験があったそうなのだが、その時ばかりは、むしろ騎士団側からスカウトしに行ったそうだ。
「うちの親父が何か関係していたそうなんだが、俺もその頃は入団準備で忙しくてな。詳しいことまでは知らないのだ」
というのは、ルドルフさんの弁。
ほうほう、何度か聞いてはいたけど、おっちゃんって努力の人なんだな。
おっちゃんは入ったばかりの騎士団で、お城の平和を守る護衛騎士となる。
その傍ら、ルドルフさんのような新米騎士の指導も怠らなかったそうだ。
しかも有事の際は進んで危険な遠征部隊に志願。いくつもの難しい事件を解決に導いた。
もちろん護衛騎士としても働き振りも見事なもので、順調に出世。『炎のミヒャエル』の二つ名までいただいた。
うーん、やっぱり何度聞いても、おっちゃんってスゴい人なんだなとしか言いようがない。
そののち、あの忌わしき魔獣大量発生災害が起って、それをも見事に終結させちゃって、なにそのチート騎士。
ところが、騎士団を率いる団長となってから、僅かな時を経て『定食屋に、オレはなるっ!』などと言って退団。
現在に至る……と。経歴としては、なんの問題もないな。というより、なんだこの輝かしい歴史は。おっちゃんのくせに。
つらつらと、かつてのおっちゃんの勇姿に思いを馳せていたわたしを、現実に引き戻すようにマティアスくんが呟いた。
「その話、少し飛ばしているところがありますよ、ネーナさん。しかも肝心な部分を」




