第39話 マティアスくんの秘密は知っておいた方が良いのだ【前編】
「みなさーん、いらっしゃいますかー」
ドアを開けて、顔を覗かせたのはマティアスくんでした。
「みなさんだけで、ズルいじゃないですかー。楽しそうな話題なのにー、僕も混ぜてくださいよー」
いやいや、そうは言ってもマティアスくん。キミはいつもはドコにいるのか判らないじゃないか。それにさー、そんなに楽しい話じゃないんだよ。
『炎の剣亭』、すなわち、わたしとおっちゃんの今後の命運を占う、大切なお話しなんだよ。
「僕だったら、いつも向かいの建物にいますよー。地下にある専用の研究室にいますから、いつでも大歓迎ですよー」
むー、今日のマティアスくんときたら、なんかヘン。いつものキレがないぞ。それに目の下にクマが出来てるし。
「ふっふっふっふ。これは、ただの魔力酔いなんで気にしないでくださーい。一仕事終えたのでーす」
むー、なんかキャラ変わってないか、マティアスくん。わたしは心配だよ。
それに魔力酔い? 魔力で酔っぱらっちゃうの? その妙な笑い方は、そのせいなの?
「こんなことを言うのも何なんだが、仕事中のマティアスには近づかない方がいいぞ」
おや、ルドルフさんときたら声を潜めて、いったいどうしたんだい。
「あいつの主立った仕事は、既存の魔法のブラッシュアップや、新しい魔法の開発だ」
おおっ、魔導士の中でも花形の職じゃないか。お仕事が忙しいのかな。
「研究熱心が過ぎるんだ。部屋を吹っ飛ばしたのも、一度や二度じゃ済まない」
ええっ、お部屋を吹っ飛ばすって……、大丈夫なのかな、それ。
どうやらマティアスくんは、宮廷魔導士団の中でも偉い人らしい。ルドルフさんのように、階上に行けば彼専用の執務室もあるという。
地位が上がればルドルフさん同様、人と会ったり書類を処理したりする仕事も増えるのだが、その辺りは部下に任せてしまって、執務室には滅多に姿を現さずに地下の研究室に籠り切りだそうだ。
すると吹っ飛ばしたのは地下室ってことじゃないか。建物全体が崩壊してしまうのでは。
「大丈夫ですよー。部屋も建物も僕の結界が守っていますからー。上の方はちょっと揺れるだけでーす」
マティアスくんのいつもの笑顔が、なんとなーく怪しいものに見えてきたぞ。
「そんなこと言わないでくださーい。僕たち友達でしょー」
あ、いえ、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんです。
「だが、あの笑顔には気を付けた方がいい。あの笑顔には恐ろしい秘密があるのだ」
秘密? マティアスくんの? それはなんなの、ルドルフさん。
魔獣討伐の遠征の折り、ルドルフさんも恐れおののくというマティアスくんのあの表情を、何度となく目撃したのだそうだ。主に攻撃の時に。
前衛であるルドルフさんが、よそ見をすることなど滅多にないそうなのだが、それでも、つい後ろを振り向いてしまったらしい。
相対している魔獣よりも恐ろしい気配、凄まじい殺気。それを背後から感じてしまったのだ。
そこで見たものは、後衛として何かの攻撃魔法を発動しようとしていたマティアスくんの姿。
いつもの彼とは、どこかしら違う笑顔で、ぶつぶつと術式を組み上げていたそうなのだが、その目には尋常ではない妖しい光が宿っていたと言う。
「魔導師ハイ、とでも言えば良いのか。騎士の俺には今ひとつ理解できんのだが」
なんだなんだ、走ってる人がなるやつかな? 脳内麻薬が出てしまうというあれ。
それともこの世界の魔導士さんって、皆さんにそんな症状が?
「マティアスにとっては、魔法に集中する時になると何かしらの高揚感のようなものが発生するらしいのだ」
あー、マティアスくん限定なのか。それはそれで、ちょっと心配だなあ。
「だからマティアスが、ああいう表情の時には要注意なんだ」
そして、その妖しい笑顔のあとに繰り出されるマティアスくんの攻撃魔法が、またエグいのだ。
まず、足部分を凍らせて敵の自由を奪う。
ほう、まず敵の足止めをするなんて、わかっているじゃないか。
敵の足下に氷を張って、足を滑らせてツルッと転ばせるとか、そういうのでしょ。
いや、そんなものではないらしい。そもそも足下に氷を張ったら味方までが敵に近づけない。
足、またはその機能を持った敵の部位を完全に凍らせて動かないよう、その場に固定させてしまうのだ。
敵の動きを奪うって、そういうコト?
身動きとれない相手なんて、ボコり放題じゃん。
それは確かに、エグいよね。っていうかズルいよ。
ハメ技みたいなものじゃない。それって許されるの?
でも討伐対象にハメ技を使ったからって、なんの問題もないことに気付かないわたしでありました。




