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第38話 そういえば秘密の相談中だったのだ【後編】

 おっちゃんは、あの壁のずうっと向こうから、この町へやって来た。


 そして騎士としてさらに腕を磨き、遂には騎士団長にまでなったのだ。

 よく考えなくても、やっぱりスゴい。今の、特に昨夜のおっちゃんからは想像もつかないけど。


「ミヒャエルは城を守る近衛騎士でありながら、魔獣討伐や、国境付近の揉め事なんかの遠征には自発的に志願していてな」


 新人の頃のルドルフさんのような実戦経験の少ない騎士たちや、冒険者から募った傭兵の方たちを率いて遠征に出掛けたそうだ。

 そして、勝率は十割。しかも率いた部隊の中から、負傷者は出しても、お亡くなりになった方はいないという。


「その時の経験で、仲間たちにはいつでも腹一杯に食わせてやりたいと思った。それが、あいつの『炎の剣亭』を始めるきっかけだ」


 おー、立派な志だ。

 でも騎士団長の職を辞してまで始めたんだぜ。いくら団長後継者としてあとを託せるルドルフさんがいたからって、騎士まで辞めることはないだろう。

 そうまでして始めた『炎の剣亭』がなくなってしまっては、元も子もないではないか。商売を始めた以上、店の存続を第一に考えるべきじゃないのか。


「我々が、心配していたのは、まさにその点なんだよ」


 騎士としての給金、遠征の度に出る報酬、特に最後に行った特大魔獣の報奨金の額はかなりのものだったらしい。

 わずかな期間ではあるが、団長まで務めたのだ。辞めた時の退職金、その後に支払われる年金だって、決して安いものではない。


 しかし『炎の剣亭』を始めるにあたって、それらの手持ちのお金はかなり減ってしまったらしい。

 そりゃあ、当たり前でしょう。貴族街、要するに山の手の高級住宅街の真ん中に店を構えたんだもの。

 いくらそれが下町とそれほど離れてはいない場所だからといって、この町の一等地には違いない。


「確かに『炎の剣亭』の立地条件は最高だ。ミヒャエルの望み通りの店に仕上がった」


 騎士だった頃も、冒険者をやっていた時も、どちらの時代も、おっちゃんにとって周囲の方々は大切な仲間たちだったはずだ。

 この『炎の剣亭』は身分や立場を超えて、仲間のみんなに食事を振る舞いたいという、そんなおっちゃんの願いには打ってつけだろう。


「始めてからここ最近まで、『炎の剣亭』は毎日毎晩、とても賑わっていたんだ」


 おや、やっぱり。『炎の剣亭』があんな風になってるのには、なにか理由があったのか。


「我々も、いつまでも同じではいられない。と言う訳さ」


 新米騎士も、冒険者も、いつまでも新米ではない。出世すれば、それに伴って責任だって重くなる。

 そのうち、ご家庭を持つ方も出てくるだろう。毎日のように『炎の剣亭』で、はしゃいでばかりはいられないのだ。


 少しずつ毎日訪れるお客さんの数も減り始め、やがては常連さんたちだけが、しかも、たまに訪れるところになってしまったようだ。

 若手の騎士や魔導士の皆さんの間では、おっちゃんの伝説的な噂だけが先走りして伝わっている状態なので、恐れを成して『炎の剣亭』にまで足を運んでくれる人は、ほぼいない。

 来てくれるのは、昨夜のような、どちらかといえば決して生活が楽だとは言えない方たち。お馴染みさんも新顔さんも、下町の冒険者やその関係者の方々だけとなってしまった。


 おっちゃんとしては手許の財産はまだまだ充分残っているし、仲間に美味しい料理と酒を振る舞う、という目的は果たしているしで、特に問題があるようには感じていないらしい。

 たとえ、昼の営業が開店休業のような状態で、夜の営業のツケの回収が出来ていなかったとしても。

 そして、わたしやルドルフさんたちが、その行く末を心配していたとしても。


「さて、どうしたものかしら」


 わたしたちは、一斉に大きなため息をつく。

 その時だった。ドアをノックする音が響いたのは。

 こんな時に、いったい誰だろう。わたしたちは、ドアが開かれるのを待ち受けるのでした。

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