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第36話 ここは『炎の剣亭』。王都随一の居酒屋なのだ

 おっと、そんなコト言ってる間に、さっそくお客さんが来たよ。

 やたらとガタイの良い、強面のお兄さんたちが数名。

 怖そうだけども礼儀正しい。おっちゃんにきちんと挨拶してるね。


「いらっしゃいませ。ご注文は何にいたしましょう」


 え? いつもの? いつものってなあに?


 わたしが困って、おっちゃんの方を振り返れば、おっちゃんは既に皿に山盛りの塩漬けキャベツと人数分のエールを用意していた。


「早く持っていけ」


 わたしは、それらをお客さんの陣取ったテーブルへと運ぶ。お盆なんかないので、一度に運べる量は少ないけど頑張って何往復もしたさ。


「ミヒャエルさん、あの肉はないのか」


「野菜は苦手なんだよな」


「キャベツでエールが吞めるか」


 いつものっていうのは肉料理だったのか。おっちゃんに苦情が殺到する。わたしは、オロオロとおっちゃんとお客さんとを順番に見比べるしかできない。


「黙って食え。野菜も食わねえと、ロクに働けねえ身体になっちまうぞ」


 おっちゃんは強面のお兄さんたちを一喝。途端に、しゅんとなるお兄さんたち。大人しく塩漬けキャベツを肴にエールを飲み始めた。


 ほっとしたわたしは、お客さんのようすをそれとなく観察する。

 皆さん、鉄と革を併用して作られた防具を、身に付けていらっしゃる。

 世紀末覇王のようにトゲトゲは付いていないけど。


「あいつらはオレの後輩だ。昔、ちょっと面倒みてやってな。今は町の衛兵をやってる連中だ」


 おっちゃんは、わたしの心の内を察したかのように、彼らを紹介してくれる。

 おー、それで怖そうだけど礼儀正しいのか、納得。町のゴロツキかな、なんて一瞬だけ思ってしまったわたしをお許しください。


 わたしが、ちらちらとようすを伺っていたせいか、衛兵のお兄さんたちの視線を感じる。

 やめてよ、恥ずかしいじゃないか。わたしは『炎の剣亭』の店員なんだ。ただの新入りだよ。


「こいつは、今日から『炎の剣亭』でオレを手伝ってくれてるんだ。てめえら、ちょっかい出すんじゃねえぞ」


 またもや、わたしが困っているとおっちゃんが助け舟を出してくれた。

 わたしは、ちょこんと頭を下げてご挨拶。


「ホズミ・ミヅキと申します。よろしくお願いします」


 お店の空気から殺伐としたものが薄れていき、一気に和やかなものとなる。

 おー、これが生暖かくない、正真正銘の暖かい視線ってやつか。大丈夫だ、頑張るよ。見守っててくれ。


 衛兵さんたちの宴も盛り上がり、わたしは何度もおっちゃんとテーブルとの間を行ったり来たりした。

 商売繁盛、忙しいのは良いことだ。わたしもうれしいよ。働きがいがあるってものさ。


「なんだとっ! もう一回言ってみやがれっ!」


 突然の怒声に、わたしは思わず、声のする方向へ振り返る。


「俺の言ってることが間違ってるって言うのかっ!」


「そうじゃねぇよ。たまには見方を変えて見ろって言ってんだ!」


 ややっ、ケンカが始まってしまったじゃないか。どうするんだよ、おっちゃん。


 って、おっちゃん、傍らの剣を抜いてドコに行こうっていうのだ。

 おーい、戻ってこーい、おっちゃん。


 しかし剣をだらりと下げたおっちゃんは、ゆらりゆらりとケンカをしている衛兵さんたちに、一歩、また一歩と近づいていく。


 待てっ。なにをやらかすつもりなんだっ。

 戻れっ! 戻ってくるのだっ!


 わたしは、何か恐ろしいものが近づいてくるのにも関わらず、ケンカを続ける衛兵さんたちの行く末を戦々恐々として見守るばかりであった。


 おっちゃんは、ケンカをしている衛兵さんたちの背後に仁王立ちとなる。

 ふと見れば、さっきまでおっちゃんのいたところには空のマグカップが転がっていた。


 おっちゃん、あれから料理作りながら、何杯も飲んでやがったのか?

 ヤバい、ヤバいよ。『炎の剣亭』で刃傷沙汰なんて。

 で、殿中でござる。殿中でござるぞ。いや、ここは殿中じゃなくて『炎の剣亭』だけども。


 おっちゃんは、往年の大技を彷彿とさせる構えを取る。

 やー、わたしは見たことないのだけどね。噂には聞いているだけで。

 主にルドルフさんとかマティアスくんから。


 とか、そんな言ってる場合じゃない。

 お店の中で必殺技の構えとか。


 いやーっ! ホントにやめてーっ!

 おっちゃんが、人を切るところなんて見たくなーいっっっ!!

 切るのは野菜とかお肉だけにしてーっ!!


 遂におっちゃんが剣を振り下ろす。切っ先の動きが早過ぎて、目にも止まらない。

 思わずわたしは両手で顔を覆って、ぎゅっと固く目を閉じた。


「ケンカをしたいのなら、表へ出ろ。オレが相手をしてやる」


 おっちゃんの低いけど、良く通る声。穏やかながらも、凛とした力強い響き。

 わたしは指の隙間から、そうっとそちらを伺う。


 今にも掴み合いのケンカが始まりそうなくらい、顔と顔を近づけていた衛兵さんたち。

 その二人の間、わずかな隙間に、おっちゃんの剣はピタリと振り下ろされていた。


 突然、目の前に現れた白刃に、ケンカをしていた二人も腰を抜かす。


「ここは、みんなで楽しく酒を吞む場所。居酒屋『炎の剣亭』だ」


 おっちゃんの一言で、みなさん何事もなかったように歓談を始める。居酒屋では良くある風景、かな。

 わたしは、倒れたマグカップや、散らかったテーブルの上を片付け、みなさんにお代わりを勧める。


 おっちゃんは、やれやれといった表情で、わたしを見た。


「良くあることだ。気にするな」


 おー、酔っぱらっていても頼もしいな、おっちゃん。


 でも待てよ。さっき居酒屋って言わなかったか。『炎の剣亭』は定食屋だと聞いたぞ。

 お酒も飲める料理屋じゃなくって、肴の美味しい酒場だったのか、『炎の剣亭』ってのは?


 おっちゃん、今度はわたしの心中を察することもなく、自ら注いだエールを一気に飲み干す。

 ほほう、それが答えか。わかった、受けて立とうじゃないか。お酒は、まだ飲めないけれど。

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