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第22話 続・敵は『炎の剣亭』にあり。なのだ【後編】

 審査員が固唾を吞んで見守る中、結局わたしは、おっちゃんの倍ほどの時間を掛けて全てのキャベツを刻み終えたのだった。


 刻んだキャベツを、さらりと水にさらす。おー、井戸水が冷たくって気持ちいいぜ。竹ざるに上げて、水気を良く切ったら出来上がり。


 わたし渾身の、針のように細く、大きさも揃えた千切りキャベツだ。でも、これで終わりじゃない。二種類の切り方をしたキャベツを別々の皿に取り分ける。


 おっちゃんは、審査員の数と同じ三枚の皿に、わしっと掴んだキャベツを、それでも気を使ったかのように、溢れないよう真ん中に山盛りに盛りつけてある。

 好みでそれを振って食べろ、と言うことなのだろう。おっちゃんは無言で皿の横に塩の瓶をとんっと置いた。


 わたしは、二皿ずつを人数分、計六皿。そして添えるのは、酢と塩、胡椒、そして正体不明のオリーブオイルもどきにマスタードを加えた、あのドレッシングだ。

 最初は、そのままでどうぞ。塩をちょっとだけ振るも良し。あとはお好みで、ドレッシングを掛けて召し上がれ。


 先攻は、おっちゃんだ。


 でんと置かれた、山盛りキャベツを、ルドルフさんは、ぐいぐいと平らげる。

 一口二口摘んだルドルフくんは、「あのう、宜しければミヅキさんのドレッシングを頂きたいのですが」と一言。

 おう、もちろん、いいともさ。どんどん使ってくれよ。こんなこともあろうかと、たくさん作ってきてあるんだ。


 おっちゃんは苦虫を噛み潰したような顔をしている。その表情からは、「なんだと、お前はオレのキャベツは食えねえってのか」という脅しにも似た、心の声が聞こえてくる。


 しかし、マティアスくんは、そんなおっちゃんの鋭い視線を華麗にスルー。うれし気に、わたしのドレッシングを掛け始めた。

 ネーナさんは、一口、もう一口と丁寧に、何かを確かめるように味わい、そして静かにフォークを置いた。


 次は、わたしの番だ。


 わたしの千切りキャベツは、深めだけど小さめな皿に、ふわりと盛りつけてある。見た目は同じだけど、食べた時の感触が違うのだよ。


 一つの皿は、葉の繊維を断つように。もう一つは、葉の繊維に沿うように切ってあるのだ。


 それによって前者は、口当たりも柔らかく甘みも出やすくなるのさ。

 でもって後者は、シャキシャキした食感になるぞ。

 さあ、みんなはどっちが好きなんだろう?


 ルドルフさんは、既にどちらの皿もからっぽだ。おかわり? あるよー。


「うむ。誰かが自分のために作ってくれた料理は良いものだ」


 マティアスくんも、小食そうなのにもりもり食べてくれた。

 ほう、キミはドレッシングが気に入ったようだね。


「同じキャベツなのに、ミヒャエル先輩のとは全然違いますね」


 そして、ネーナさん。さすがは、騎士団関係に仕えている、侍女の皆様を束ねる侍女長。お召し上がり方も優雅で上品だなぁ。憧れちゃうよ。

 2皿目を口にしたネーナさんの表情が、ほんの僅かに変わる。わたしのささやかな工夫、気がついてくれたのかな。だとしたら、それだけでうれしいな。


 さあ、審査員のみなさん。実食も終わりましたね。では、お手元の札。そうそう、お皿の脇に置いてあるそれだ。

 そいつには、わたしとおっちゃんの名前が書いてあるのだ。その札も昨夜のうちに作っておいたのさ。

 わたしとおっちゃん。勝ちだ、と思う方を上げてくれ。さてさて、一本目はどちらに軍配が上がるのか?


 結果は…………。


 3 対 0


 三本とも、わたしの名前が書かれた札が高々と上げられていた。


 いやっほうーっ!


 小躍りしながら、みんなの間をお礼にまわる。みんなも笑顔と拍手で迎えてくれた。


「おい、ちょっと待てよ。そいつは、おかしいんじゃないのか」


 低いけれど、良く通る声。でも今は、それがわたしたちにとっては恐ろしい響きをもって聞こえてくる。

 振り向けば、おっちゃんが、わたしたちを睨んでいた。彼は、今の結果に物言いを付けてきたのだ。


 その、いつにも増して厳しく鋭い視線に、またしても恐れおののくばかりのわたしなのでした。

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