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第163話 異世界3ヶ月、下天の内を比ぶれば……なのだ

 わたしは、ただ今どんな姿と化しているのだろうか?

 これぽっちも見当がつかない。


 けれど、お姫様の言葉を信ずるならば、きっと可愛くなっていると思われる。

 一抹の不安が残ってるのは否めないけれど——。


「ミヒャエル、鏡は」


「こちらに」


 ありゃ、おっちゃん、いつこの部屋に入って来たのさ。

 というより、そのドレッサーは、いつの間に持ち込まれたんだ。


 おっちゃんが持ってきたそれは、“ドレッサー”というより、昔おばあちゃん()にあった“鏡台”と呼んだ方がピッタリとくる、こじんまりとした可愛らしいものだった。

 それでも、備え付けられた鏡の部分は、小さめながらも縦に長く、小柄なわたしの全身を映すのには十分な大きさがある。まるで、わたしのために作られたような“鏡台”、いやいや“ドレッサー”。


「それは、貴女の嫁入り道具なのかしら?」


「いえいえ、マチルダ様。わたしも本日、初めて目にいたしました」


「それは、オレが作ったんだ」


 やややっ?! これ、おっちゃんの手作りなの?!

 おっちゃん、お料理だけじゃなくて、こんなものまで作っちゃうんだ!!


 それにしても、いつの間に作ったんだ、これ?

 見れば見るほど、わたしの身の丈にも合っていて、妙に凝った作りになっているみたいだし。


 わたしの視線に気づいたおっちゃん、耳まで赤くなった顔を、あらぬ方へとそむけながら呟く。


「それはまあ、“いつか、もしも”の時にためにだな……」


 いつぞやは、ちゃちゃっと、お箸も作ってくれたしね。きっと木工も得意技なんだろうな。


「それよりも、せっかくマチルダ様に装っていただいたんだ。鏡で見てみろよ」


 ——似合ってるから。


 とかなんとかいう、独り言のようなものまで聞こえた気がしたけれど、気のせいということにしておこう。

 わたしだって、自分でも分かってしまうくらいには、頬が上気しているのだし、これもまた気のせいなのだ。ということのしたい。しておきたい。


「これが、わたし……」


 そこには、漆黒の黒髪を上品にアップし、色白ながら健康そうに頬を朱に染めた美少女がはにかみながら立っていた。

 ドレスだって以前着てみた時とは、ものは同じなのに印象は一新されている。

 装飾的なレースなどは最低限を残して取り払われ、一番地味だという理由だけで選んだものながら、その地味さがシックさに繋がっていた。


 つまりは、わたしの好みにピッタリと合っていた。

 しかも、体型にもピッタリなのだ、これがまた。

 以前は胸の辺りは余裕があって、お腹周りはキツいという……、要するにわたしの体型なんぞ、一切考慮されていなかったはずなのに。


「サイズは、一目見れば、おおよその見当はつくものです」


「そうだな、ネーナさんの言う通り、敵の大きさを見極めるのは……」


「ミヒャエル様は、少しお黙りください」


 おっちゃんの言葉を、食い気味にピシャリとただすネーナさん。

 なんだか、懐かしさすら感じさせる、いつものやりとり。


 わたしの頬も口元も、知らず知らずのうちに緩んでいる。


「あとは、履き物かしら……。ミヒャエル」


「はい」


 そう言われたら、本日はジャージの上下に、スニーカーで活動を開始していたっけ。

 だって、突然お姫様が尋ねていらっしゃるなんてこと、全くの不測の事態だったのだし。


 傍のイスに、再びちょこんと座ってみれば、恭しい態度でひざまづいた、おっちゃん手ずからドレスに合ったパンプスだかハイヒールだかを履かせてくれる。

 その姿を見ていて、ふと気づいたんだけど、おっちゃん、確か正装に着替えてきた筈なんだよね? なんだか、いつもと変わっていない気がするんだけど。


「ライトアーマーは? サーコートはどうしたの? それに儀礼用の剣なんかも装備しなくてはいけないのでは?」


「いいんだ、これで。今のオレの本職は『炎の剣(この店)』の『店主(マスター)』だからな」


 よく見たら、いつもと同じようでいて、同じではなかった。

 まるで、卸したてのように、ピシッとしたシャツに前掛け、多分ズボンも。

 いつも厨房でお馴染みの、ヨレッとした感じが、どこにも見当たらなかった。


「それに、ミズキ。オレは、お前の『師匠(マスター)』でもある」


 うひゃーっ! なんだか分からないけれど、とっても恥ずかしいことを言われた気がするぞ。


「これで良し。とてもお似合いですよ、聖女様」


 うひゃひゃーっ! なによ、なによ? からかってるでしょ? わたしのこと?


 でも、おっちゃんは、珍しく笑顔を見せるばかり。

 周りのお姫様も、ネーナさんも、うんうんと何故だか頷いていた。


 でもでも、これで準備万端。

 下へ降りて、記念撮影に挑むのだ。


 わたしは、ヴァージンロードを歩む花嫁の如く、おっちゃんに手を引かれて階下へ。

 と思ったけれど、撮影の最後にアレを使おうと思いつき、皆さんをお待たせして、一人バタバタと自分の部屋に戻る。


 懐に、そっとアレを忍ばせて、無事に撮影に突入した。

 ちなみに前列に、イスに腰掛けたお姫様を中心に、両脇にネーナさんとわたし。

 一応、この写真に於ける“花”の一輪であると思いたい。

 後列には、おっちゃんたち野郎どもお三方が、仲良く肩を並べてるって構図だ。


 カシャッ——。

 と、いうほど一瞬ではないんだな、やっぱりこのカメラ。

 1分ばかり、同じ姿勢、同じ表情をキープしなくてはいけない。

 思わず息まで止めてしまったわたしは、「はい、撮影終了です」の声と同時に、ぷはーっと、文字通り盛大に一息をついたのだ。


 来た時と同じように、わらわらと一斉に帰ってゆくカメラマン御一行様。


 といったところで。

 さてさて、みなさん。もう一枚だけ、お付き合いください。


 ジャジャーン。


 胸元から忍ばせておいたアレ。即ちスマホを取り出す。


 これですか? これはスマホというものです。

 これ一つで電話もできるし、メールも打てるし、ネットだって見れちゃいます。


 なーんて説明しても、理解してはもらえないんだろうな。

 わたしの元いた世界の、不思議な魔導器なんです。ということで、ひとつよろしくお願いします。


 そして、なんとコレで写真も撮れるんです。


 ウソじゃないですよ、ルドルフさん。

 そんな目をしても貸し出したりしません、マティアスくん。


 そんなことより、みなさん、もっとくっついてください。

 入りませんよ、そんなんじゃ。遠慮しないで、ほらほら。


 自撮りモードにしたスマホを、精一杯手を伸ばして構えたわたしを真ん中に、みんなでレンズを見つめる。


 レンズっていうのは、あの端っこの黒い丸のことです、お姫様。

 私がお撮りしましょうかって、それじゃ一緒に写らないじゃないですか、ネーナさん。

 おっちゃん、さっきの笑顔はどうしたの? そんな怖い顔しちゃって?

 あーっ、それってキメ顔でしたか。失礼しました。


 すったもんだの大騒ぎの末、スマホで撮った記念写真。


「あははははっ」


 楽しいね、楽しいね、楽しいね。


 そして、なんとコレ、写したその場で見れるのです。

 トクイ毛を、わさわさと大量に生やかしながら、たった今撮った画像を、みなさんに見せびらかすわたしなのだ。


 うれしいね、うれしいね、うれしいね。


 そうだ。

 せっかくなので、この世界にお呼ばれする前に撮った写真も、みなさんに見せてしんぜよう。

 というか、見せたい。いや、ぜひ見てください。ここに来る前の、わたしってやつを。


 とばかりに画像フォルダを呼び出した瞬間、スマホの画面は真っ暗になってしまった。

 前々から風前の灯だったスマホの電池は、さっきの撮影を最期に、ついに力尽きてしまったようだ。


 スマホを囲んでいたみなさんから、ため息のようなものが漏れる。


 大丈夫ですよ。壊れてしまったのではありません。充電すれば元通り。

 充電できる当ては、ないけれど。でもって、昔の写真をお見せすることもできなかったけれど。


 でも、ホントに大丈夫。

 さっき見た画像、みんなで撮った写真は、ちゃんと目に焼きついているよ。


 だって、今日はいろんなことが起こって、楽しかったんだよ。

 こんな今日という日を、忘れてしまうなんてことは有り得ない。


 きっと大切な思い出として、この先も、ずーっと憶えているに違いないのだから。

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