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第159話 異世界召喚されたのに『聖女になれなかったわたし』が『魔獣狩りの騎士様』と恋に落ちるかもしれない物語

「冷たくしたコーヒーって、初めて飲んだのだけれど、美味しいものね」


 おー、気に入っていただけてなによりです。でも実は先ほどのあれ、ベストの一杯ではなかったのです。


「ただ、ミヒャエルの淹れたものと比べると、ほんの少しだけ雑味が多かったような気もします」


 あー、失礼しました。見抜かれていました。仰せの通りなのでございます。最後に少々手違いがございました。


「けれども、私の国に出回っているコーヒーに比べたら、雲泥の差を感じますわ」


 ご安心ください。次にお淹れするこの一杯、本当に渾身の一杯となります……かなー。なると、いいなー。いや、なるっ。なるに違いないのだっ!!


 実は、さっき、お姫様に淹れたコーヒーは、最後の最後で、ちょりっとばかり失敗してしまったのだ。

 それはもう、ちょっとした手違いとでも申しましょうか、撹拌するのを忘れてしまったというか……。

 濃度を合わせ損ねてしまったのです。いえ、でも、そこはとっても重要な工程なのです。

 そんな簡単な、でも大切なことを忘れてしまうなんて、わたし一生の不覚でございます。


 べ、別に、おっちゃんとお姫様のことで、動揺してたとかじゃないんだからね。


 でも、今度こそは失敗しないよ。

 だって、おっちゃんが、お湯を沸かしてくれたり、氷を取りにいってくれたり、なにかとサポートしてくれてるからね。


 思えば、一つの品を、二人で作るなんて、『炎の剣亭(ここ)』に来てから、初めてのことかもしれない。

 これはもう、おっちゃんとの初めての共同作業と言っても過言ではないのだ。なんちゃって。


 うふ、うふ、うふふふふっ。


 しかも、今や、なんの心配も、憂うべきコトもない。

 ただただ、美味しいコーヒーを淹れるコトだけを目指せば良いのだ。


 よーしっ!! 盛り上がってきたっ!!


 おっちゃんの沸かしてくれたお湯は、一味違う。

 お湯を沸かすのなんて、誰にでもできるだろうって?


 でも、おっちゃんの沸かすお湯は、ホントに一味違うのだ。

 一晩汲み置いた井戸のお水を最適な量をお鍋に移し、最適な火加減で最適な時間で沸かす。


 その間、竈の火を調節(コントロール)する技ときたら、もう神の如しなのだ。

 さすが、『炎のミヒャエル』! としか言いようがない。控えめに言って、もう最高なのだ。


 コーヒーを淹れるためのお湯をならば、何杯淹れるのか、どのタイミングで淹れるのかであるとか、ホントに細々(こまごま)としたことを何も言わなくたって分かってくれるのだ。


 その洞察力というか、人の機微を見抜く力というか、そういったものを、もうちょっとだけ恋愛関係の方にも発揮してくれたら……、なーんてことは、もう言わないよ。

 おっちゃんが朴念仁どころか、人の気持ちを見抜くのに長けていること、分かっちゃったもんね。ただ、常軌を逸脱して、自分の気持ちを伝えるのが下手なだけであって。


 だから、こんな風に“あうんの呼吸”で、コーヒーを淹れられるっていうのは、それがもう、おっちゃんのわたしに対する気持ちの表れ、わたしの問いかけに対するお返事そのものなのだ。


「ふひひっ」


 おっと、なんだ今の妙な声。

 いけない、いけない。思わず、変な笑い声を漏らしてしまったぜ。


 だって、うれしかったんだよー。

 やっと、おっちゃんのコト、わかったような気がしてさ。


「お前が好きだ」


 なーんて、ありきたな感じで言われちゃうより、よっぽどうれしいかもしれない。

 花束とともに目の前に跪かれてのプロポーズ……、なんてものには全然興味のないわたしなのだ。


 そうやって、おっちゃんと二人で淹れた渾身の一杯。

 いえいえ、正しくは、お姫様と三人で飲もうと淹れた三杯。


 細かいこたぁ、いいんだよ。

 みんなで仲良く味わいましょう。


 お姫様の前に、コーヒーをコトリと置けば、マグカップからはカランと涼しげな音が響く。

 わたし達は、少し行儀が悪いけれど、厨房の中、立ったままでいただくことにいたしましょう。


 と思っていたら、お姫様は手招いた。


「そんなところに立っていないで、こちらへいらっしゃい」


 お言葉に甘えて、わたしもカウンターへ。


 えーと、でも、どこに座ったら良いのだろう。

 お姫様の右側? 左側? 横並びになっている時の上座って、どっちだったっけ?


 おっちゃんを巡る“女同士の闘い”が終わった今、余裕のなかった先ほどまでと違い、いろんなことが見えるのだ。

 とか強がってはいるけれど、相手がお姫様であることに変わらない。今は今で、また別のことが気になりだしてみたり。


「何をやっているのよ、ミヒャエル。あなたもこちらへ来るのよ」


 わたしがお姫様のどちら側に座ろうかと思いを巡らせている間、おっちゃんは後片付けをしている体で厨房に残っていた。

 後片付けをしてる体っていうのは勝手な思いこみだけれど、だいたい間違ってはいないと思う。


 だって、そもそもおっちゃんがコーヒーを淹れた後の処理に、そんなに手間を掛ける理由が見当たらない。

 きっとおっちゃんときたら、わたしたちには近寄らずに済ませたいと思っているに違いないのだ。


 うん、まあ、その気持ちも分からなくもないよ。今朝から、あれこれといろいろなことがあったからね。

 わたしだったら、“昔好きだった人”と“今好きな人”が並んでいるのって不思議な気分……。

 くらいのものだけれど、殿方にとっては、そう簡単な問題ではないっぽい。


 特に、おっちゃんみたいな気質(タイプ)にとっては——。


「ここにお座りなさい」とばかりにお姫様は、ご自身の隣を指し示されている。

「では、わたしは反対方向のお隣へ」とか思っていたら、黙って首を横にお振りになられるお姫様。


 なんと、ご指定になられたのは、おっちゃんを真ん中に、わたしたちはその両脇という布陣だったのだ。


 はっはっは。両手に花ってやつだな、おっちゃん。


 けれども、浮かない表情のおっちゃん。

 その席順を示された瞬間、眉毛がピクッと上がって、また下がったりして。


 うーん、おっちゃん的には、これは喜ばしい状況ではないのかな。

 むしろ“針のムシロ”って感じ? ()()()なだけに。なんちゃって。


 かくしてわたしたちは、おっちゃんを真ん中に挟んで、という夢のような編成(フォーメーション)でコーヒーをいただくことになった。


 おいしいね、おいしいね、おいしいね——。


 楽しいね、楽しいね、楽しいね——。


 けれども楽しかったひと時にも、終わりというものは必ずやってくる。


「ところでミヒャエル、私の国へは何時いらしてもらえるのかしら」


 やってくるといったら、やってくるのだ! のだっ!

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