第155話 対決! vs.おっちゃん! なのだ その一
「ミヒャエルさん、そもそもあなたは、このお話し、どう考えているのですか? 先ほどは、ずいぶんと楽しそうでしたけれど、まさか、『炎の剣亭』を捨てて、隣国へ、マチルダ姫様の元へいこうなどと思っているのではないでしょうね。確かに隣国であるとはいえ、騎士に復帰できるというのは魅力的なお誘いかと思います。もともと忠誠を誓った姫様に、もう一度お仕えできるチャンスだって、もう二度と来ないかもしれません。それに『炎の剣亭』はあなたのお店ですし、続けるのも閉めるのもあなた次第なことに間違いはありません。けれども、『炎の剣亭』を愛し、通っていらっしゃるお客さんたちは、どうなるのですか? あなたが目指している、仲間に腹いっぱい美味しいものを食べさせたいという理想はどうなるのですか? 志半ばでおしまいですか? これっきりなんですか?」
ぜいぜいぜいっ。
本当に、久しぶりにたくさん喋ったせいで息切れがひどい。
けれども、わたしの言いたかったことは、まだまだこんなんじゃ全然足りないのだ。
「だいたい、今になってマチルダ姫様がやって来て、ミヒャエルさんを連れて帰るなんてことになったのも、元はと言えばミヒャエルさん、あなたのせいじゃないですか! あなたが、そんな朴念仁じゃなかったら、もっと女心ってものを理解できる方だったら、今日、こんな話しにはならかったはずです! いえ、それも違いますね。あなたが朴念仁のふりなんかしないで、あの時もっとちゃんとマチルダ姫様に答えを出していたら良かったんです! それでなかったら、もっと自分に自信を持って、マチルダ姫様の気持ちを受け止めていたら、今さらこんなことにならなかったんです! わかっているんですか! 人の好意をなんだと思っているんですか? もっと、ちゃんと考えてください! 『炎のミヒャエル』とまで呼ばれたあなたが、何なんですか、この体たらくは!」
げふげふげふっ。
今度は、激しく咳き込んでしまった。
けれども、こんなにいろいろと話したというのに、しかも最後には八つ当たりに近いことを言っちゃったのに、本当に思っていることには、まだ辿りついていない気がするのだ。
自分で言っておいてなんだけど、もしおっちゃんとマチルダ姫様がくっついていたならば、『炎の剣亭』は開店しなかったことになる。わたしとおっちゃんは出会わなかったことになる。
そうなれば、おっちゃんはきっと騎士団長として、この国を守る重要人物となり、わたしなんかがお目通りするのは恐れ多い方となっていたに違いない。
いやいや、そこはおっちゃんのこと。なんとか、お姫様をお城から引っ張り出して、二人で仲睦まじく『炎の剣亭』を営んでいたのかもしれない。
だから、もし出会えたとしたって、今と同じ“わたし”と“おっちゃん”ではいられないだろう。
どうして、こんなことを……、こんな風に自分が不利になるようなことを考えているんだ?
それは、やっぱりおっちゃんが好きだから……なのかな。
今さらだって、なんだって、一度は道を違えた二人が、それが男女の仲じゃなくっても、もう一度同じ道を歩めるのなら、それをおっちゃんが望んでいるのなら、祝うべきことなんだろう。
それに、おっちゃんを「お持ち帰りしたい」と言った時の、あのお姫様の仕草や表情。あれって、もうチートじゃん、チート。あんなの見ちゃったら、もう「はい」って言うしかないじゃない。
だからもう最後には、八つ当たりになっちゃったっていい。おっちゃんには、言いたいことを言うのだ。そして、おっちゃんを送り出してあげるのだ。うん、そうしよう。
でも、本当にそれでいいのかな……?
「いい訳ないでしょっ!」
どこからか、誰かの声が聞こえた気がする。
「なーに、ものわかりのいいフリしちゃってんの? そんなタマじゃないでしょ?」
それは、元の世界に残してきた友人たちの声のようにも、いつもの自分自身に対するツッコミの声のようにも感じられた。
——うん、そうだよね。
自分なんだか誰になんだか、よく分からないけど、わたしはうなずく。
今度こそ、ちゃんと本当の気持ちを伝えなくっちゃいけないことだけは確かなのだ。
「ミヒャエルさん……じゃないや、おっちゃん! あなたはいったい、わたしのことをどう思っているの? このまま、わたしをここへ置いていくつもり? 昔の女に誘われたからって、嬉しがってホイホイついてくんじゃねーよ! そりゃあ、お姫様に比べたら短い付き合いかもしれないけど、ちょっとはわたしのことも考えてよっ! ああっ、まったくもう、ふざけんなよっ!」
最後はガラが悪くなっちゃった。しかも、言葉の勢いとは裏腹に涙まで滲んでくるし。
「わたしは、おっちゃんが好きなんですっ! この世界に来てから……、初めて会った時から、ずっと、ずーっと……。わたしのことを好きになって……、なんて言いません……」
涙で視界を霞ませながら、でも、言っちゃった。ついに言ってしまった。
「……だから……、だから、わたしを一人にしないでくだしゃい……」
しかも、最後はかんじゃったよ。
ああっ、こんな大切な時に、まったくもう……。
ここ一番ってとこで決まらないなあ、わたし……。
けれども、これでおしまいじゃない。おしまいにしちゃ、いけない。お姫様にだって、伝えておかなくちゃいけない。
不敬罪で捕まろうとも、ここまで来ちゃったら、もう関係ない。最後の勇気を振り絞るんだ! さあ、言ってしまえ!
「マチルダ姫様、今の今まで、おっちゃん……、いえ、ミヒャエルさんを放っておいて、ましてや隣国へと嫁いだ身でありながら、今さら——」
「ふふっ、ふふふふふっ」
溢れそうになる涙を堪えて、必死の思いで放った最後の一撃。
でも、それは、お姫様の突然上げた、可愛らしい笑い声によって、実にあっさりと遮られてしまうのでした。




