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第154話 対決! vs.お姫様! なのだ その十

 お姫様は、目の前に置かれたコーヒーを口にするでもなく、けれどもそのコーヒーにじっと視線を落とす。


「昔……」


 そして、やっぱり誰に聞かせる風にでもなく、まるで独り言のように話し始めた。

 先ほどまでは、わたしに、それからおっちゃんに、あれほど注がれていた視線も、今は手元のアイスコーヒーの入ったマグカップを移ったままだ。


「私の護衛騎士を、ミヒャエルは勤めていたのよ」


 ええ、ええ、そりゃあもう、良く知っておりますとも。いえ、わたしは話しでしか聞いてはおりませんが。


「嫁ぎ先でも、彼以上に信頼できる騎士はいなかったわ」


 そうでしょうとも、そうでしょうとも。『炎のミヒャエル』以上の騎士様なんて、そう滅多に現れるもんじゃないのです。


「ずっと迷っていたのです。けれども、今朝のあなた方を見ていて、心が決まりましたわ」


 それまで伏せていた顔を、突然上げるお姫様。

 急に向けられた、その目力に溢れた視線にたじろぐわたし。


 美しい、まるで宝石のように、いえいえ、それ以上に美しいお姫様の瞳。

 まるで、見てるだけで魅了(チャーム)の魔法に掛かってしまいそうだ。


 こちらも負けじと見つめ返しながら……、といきたいところだけれど、早くも気圧されてしまったわたしは、逆に目を伏せるばかり。

 けれども、頭だけは必死に回転させて考える。えいっ! こんな時にこそ働くのだ、秘技! 妄想限界突破(オーバードライブ)


 それで、おっちゃんをお持ち帰りしたいってこと?

 まあ、おっちゃんにとっては、隣国であっても騎士職に復帰できるのだし、わたしにとっても、店主(おっちゃん)のいなくなった炎の剣亭(この店)の後継者がわたしになっちゃったりしたら、お互いにWin - Winじゃない。案外と、この話しって良い話しなのかも。


 それに、なによりおっちゃんが、この話しに乗れば、お姫様に対する長年の心の(つか)えってやつが取れるんじゃないかな。

 何年もの間、ずっとわだかまっていた、おっちゃんが自分でも気づいていなかったような“しこり”、みたいなものがなくなるんじゃないのかな。


 これはもう、「御意」と返事するしかないんじゃないだろうか——。


 などと思い始めてしまった、わたし八月一日(ホズミ)美月(ミヅキ)、十七才の初夏……。


 だけど次の瞬間、咄嗟にわたしの口から飛び出したのは、


「でも、お断りしますっ!」


 自分でも、ついさっきまでは考えてみもしなかった、この言葉。

 いいえ、それもまた違うのかもしれない。本当は、考えまい考えまいと避けていたことだったに違いない。

 その証拠に、それを皮切りとして、考えまいと心の奥底にしまっておいたであろう言葉の数々が、次から次へと口から溢れ出す。


「ミヒャエルさんにとって、マチルダ姫様の元へお呼ばれするというのは、この上なく良いお話しのように思います。でも、だからと言ってミヒャエルさんがどうお考えになるのかは、また別の問題であると思います。ミヒャエルさん本人の意思はどうなるのですか? ちゃんと、本人の意思を確認なさったのですか? これは栄転だとか言って、本人の意向を汲まないで異動を決めるのはどうかと思います。お姫様にとっては、良いお話しであっても、ミヒャエルさん本人がそう考えていなかったら、どうするおつもりなのですか? 第一ミヒャエルさんがマチルダ姫様の元へいく必然性はあるのですか? ずっと何年もの間、放っておきながら、今頃になって有能なことに気が付いて自国へ連れて行こうなど、たとえマチルダ姫様であっても、わがままが過ぎるのではないのですか!」


 はあ、はあっ。久しぶりに思っていることを声にしたせいか、少しだけ息切れがしてしまった。

 感極まって、言いたい放題言っちゃったけど、これって不敬罪になったりするのかな。


 お姫様は、それまでの表情を崩し、少しキョトンとした顔で、手元のコーヒーを口に運ぶ。

 わたしもお姫様の向うを張って、手にしたマグカップを一気にあおる。

 薄いはずなのに、なぜか苦かったコーヒー。今度は、なんの味もしなかった。


 コーヒーを、一口二口と口にしたお姫様の表情が、やがて笑顔に変わる。


 くっそー、余裕の笑顔を見せつけやがって。


 いいさ、言いたいことは、まだあるんだ。

 そうさ、お姫様にだけじゃない。おっちゃんにだってある。


 そういえば、おっちゃんはどうした?

 おっちゃん自身は、この話しを、どう考えているんだ?


 おっちゃんたちのいるであろうテーブルを振り返れば、なんと彼らは炎の剣亭(ここ)から出ていこうとしているところではないか。


 ちょっと待て、おっちゃん! どこへいこうというのだ!

 これは、もともとは、おっちゃんの問題なんじゃないのか!


「ミヒャエルさんっ! お待ちくださいっ!」


 突然呼び止められたおっちゃんは、苦笑しながらも、わたしの前へ戻ってくる。

 他のお二人はといえば、謎の笑みを残したまま、扉から出ていってしまった。


 ルドルフさんとマティアスさんはともかく。なーに? おっちゃんの、その笑顔?

 なんだか、妙に腹が立ってきたぞ!

 コトの起こりは、全部おっちゃんにあるんじゃないのか?

 わかってんのっ!


「ミヒャエルさんっ! こっちへ来て、そこへ正座っ!」


 いつもだったら、なんとなく恥ずかしくて呼べなかった、おっちゃんの名前。

 まさか、こんなシチュエーションで連呼することになるなんて思ってもみなかったよ。


 しかもだよ、なんと驚いたことに、律儀に戻ってきたおっちゃんは、わたしの前できっちりと正座したではないか。


 ええいっ! この勢いのまま、おっちゃんにだって言いたかったことを言ってしまえっ!


 きっかけこそ勢いだったかもしれないけれど、この際、心の奥に閉じ込めていた思いを吐き出してしまいたい。

 そして、それができるのは今。今しかないのだ。

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