第150話 対決! vs.お姫様! なのだ その六
いつになく感情が顔に出てしまっていたのかしら。
ルドルフさんも、マティアスくんも、わたしを宥めるような表情に変わる。
「まあ、彼らを、そう責めないでやって欲しいのだ。ミズキ殿のお怒りも、ごもっともだが」
「先輩とネーナさんがジェイムズ氏から、きっちりお詫びの品を巻き上げ……いえ、受け取ったようですから」
「ハルマン氏に至っては、ミヒャエルのところへ、すぐに頭を下げに赴いたそうだよ」
「彼もまた、この度の騒動。その被害者のうちの一人なんですけれどね」
うひゃー。
それを聞いたら、なんだか却って、わたしの方が恥ずかしくなっちゃうね。
こちらこそ、ご迷惑をお掛けして、たいへん申し訳ありませんでした。
関係者各位に、お詫び申しあげます。なんてね。
あれ?
とすれば、おっちゃんと同じか、早いくらいのタイミングで現れたネーナさんってスゴくない?
元騎士団長並みの機動力、それから火力までお持ちってことだよね。
ますます尊敬しちゃうなー、憧れちゃうなー、シビれちゃうなー。
「ネーナ殿は、俺が入団した頃には、若くして騎士団女性部の筆頭だったお方だからな。今では騎士団内部を取り仕切る、侍女頭であらせられるが」
「ええ、ちょっと前までは騎士団の副団長の任に就いておられましたしね。侍女頭に転身したのは、趣味みたいなものだとおっしゃっていました」
ええーっ?! ネーナさんって女性騎士だったの?!
皆さんが、昔お世話になったって、そういう意味だったの?!
今日は、もうビックリすることばっかりだよ——。
思わぬところでネーナさんの正体を知って、再び愕然とするわたし。
でも、それ以上に驚くことになるのだ。しかも、お二人のお言葉によって。
「マチルダ姫様の此度の来訪、どうやらただの里帰りではなかったようなのだ」
「ええ、僕たちの掴んだ情報によると、ミヒャエル先輩絡みらしいのです」
おやおや、昔の想い人が忘れられなかったのかしら。
それとも、旦那さんである隣国の王子とケンカでもしちゃったのかな。
庶民的に言えば、「私、実家に帰らせていただきます」みたいな。
いえいえ、これまで聞き及んだる姫様のお人柄からして、そんなもんじゃない。
きっと、おっちゃんと昔のことにシロクロつけるために戻ったのだ。
そのための突然の帰郷なのだ。そうだ、そうなのだ。そうに違いないのだ。
でもでも、どうして今になって急に?
「姫様は、コーヒーにご執心でな。この国でも、ようやく美味しいコーヒーが飲めると聞いて、わざわざやって来たらしい」
「僕たちも、昔の先輩とのことを知らない訳ではないですが、この国でコーヒーと言えば『炎の剣亭』くらいですから」
ははっ。なーんだ、そういうこと?
なんか心配して損しちゃったよ。
「昔のことは昔のこと。姫様ご本人にしか、その心情は分からぬものだが、ミヒャエルの方には、もう心残りはなさそうだしな」
「ですから、あれこれと考えた末、思い切ってマチルダ様を『炎の剣亭』へご案内しようと思ったのです」
「しかし不思議なのは、我が国のコーヒー事情を姫様が、どうしてご存知なのか、という点だな」
「今のところ、『炎の剣亭』でしかコーヒーを出してはいないはずなのですが」
「そもそも、ミヒャエルのやつが騎士を辞めて、『炎の剣亭』を始めたのも姫様が去った後のことなのだ」
「それ以来、隣国にいるマチルダ様が手に入れられるこの国の情報は、公的なものに限られると思うのですが」
むー、侮れない。さすがはマチルダ姫様。
なにをどうしたのかは知らないけれど、コーヒーの情報を掴んでいらっしゃるとは。
いやいや、そうじゃないだろう!
やっぱり姫様っておっちゃんのことを、嫁いでからも気に掛けていらっしゃったのでは?
でもって、それとなくおっちゃんのことを、配下の密偵か誰かに探らせていたんじゃないのかな?
突然の姫様の来訪、その本来の目的はコーヒーではなく、おっちゃんなんじゃ……。
疑心暗鬼。
思わず、そっと振り返って、それとなく姫様のテーブルのようすを伺ってしまう。
そんなことをしたって、相変わらずおっちゃんは、こちらに背を向けたままで、その表情なんて分かりはしないのに。
ルドルフさんも、マティアスくんも、おっちゃんの姫様に対する気持ちにわだかまりは、もうないと思っているみたいだけれど、わたしの目から見れば、そんなことない。
どんな気持ちかまでは、それこそおっちゃん本人じゃないと分からないけれど、まだまだなにか、まるで小さな小さな“しこり”のように残っているように見えてしまうのだ。
それでも、やっぱり、わたしのおっちゃんへの気持ちは変わらない。
だからこそ、もしも姫様に、なにか思うところがあるのなら、ちゃんと伝えて欲しいのだ。
おっちゃんと姫様、お互いに思い残すことがなかったら、それに越したことはけれど。
今日のこの席が、ただの思い出話や、お互いの近況報告で終わるのなら、それが良いけれど。
なーんて、ものわかりの良い振りをしてみても仕方がない。
本当は、気になって気になって、もうどうしようもないのだ。
おっちゃんたち、さっきから親密そうに、なにを話しているんだろう?
わたしには姫様しか見えないけれど、彼女は随分と楽しそうな表情を浮かべているのだ。
ちらりちらりと、まるで覗き魔のみたいに見てしまう自分が情けない。
あー、カッコ悪い。こんなの、わたしじゃないみたいだよ。
やるんだったら、堂々と、もうじーっと凝視すればいいじゃない。
いっそのこと、注文でも聞きにいくふりをして、近づいてみるとか。
うー、気になる。
むー、やめときなさい。
あい反する二つの気持ち。
結局、新しくコーヒーを淹れる振りをしながら、おっちゃんたちのようすを伺うことにした。
小心者と罵るならば、罵ればいい。
でも厨房に立てば、不自然でなく、テーブル席の方を向けるからね。
——どっこいせっと。
まるでご年配の方のような掛け声で自らを励ましつつ、カウンター席から厨房へ移動する。
いつもの手順で、いつものコーヒーを淹れる。
コーヒーを淹れる手は抜かないのだ。例え、それがなにか別の目的のための口実であるとしても。
そんなもので、折角あの二人を索敵範疇内に捕らえたというのに、自分の手元ばかりを見つめてしまった。
はっと気づけば、なにも二人のことは伺えないまま、数杯分のコーヒーを淹れ終えてしまったのだ。
それがまた、いつにも増して美味しそうに淹れてしまったのが、うれしいやら悔しいやら。
それでも、今からでも遅くはない。とばかりに、伏せていた視線を二人に向ける。
わわわっ——!
なんと、またもや、いきなりお姫様と目があってしまった?!
恐る恐る、もう一度顔を上げると、お姫様は優雅な微笑みを浮かべて、やっぱりわたしを見つめているではないか。あまつさえ、手招きさえしていらっしゃる。
うわー。呼ばれちゃったよ。どうしよう——。
わたしは、この正体不明な謎の絶体絶命感に、なす術もなく打ちひしがれるばかりなのでありました。




