第149話 対決! vs.お姫様! なのだ その五
するってぇーと、なにかい?
わたしゃ、あんた方の手のひらの上で踊ってたってことですかい?
なーんちゃって。
そんなこと、思ってないよ。うん、ちょっとしか。
だから聞かせてくださいな、この騒動の一部始終を。
いえ、騒動の大半は、わたしが起こしたようなものだけれど。
「姫様のご来訪は、しばらく前から、我が国に打診されていたのだ」
「ええ、あちらの国でも、その時期を調節するのに苦慮しているようでした」
度重なる打ち合わせ。それでもマチルダ姫様の突然の里帰りには、双方の国でちょっとした混乱を招いたようだ。
あらかじめ双方で打ち合わせていたとはいえ、来訪当日になってからの姫様の行動パターンは、読むのが難しい。
結果的に、予定された日時より随分と早く到着してしまった姫様。
ルドルフさんたち、この国の案内役との待ち合わせの前に行動を開始してしまったみたいなのだ。
まあ、なんとなく分かる気がするよ。
お話しでしか聞いてはいないけれど、姫様って、国のお偉方の言うことに黙って従ったりしなさそうなタイプに思えるしね。
久しぶりの里帰りだっていうし、きっと、もう待ちきれなかったんじゃないのかな。
勝手知ったる城下町、懐かしの場所を早いうちから、あちらこちらと巡ってみたかったのでしょう。
「我々としては、まずはお城で、その元気そうなところをご家族に見せてあげて欲しかったのだが」
「元はこの国の姫様とはいえ、今や隣国からのお客様ですから、その意向は尊重して差し上げないと」
政略結婚ではなく、自由恋愛の末での隣国への御輿入れなのだ。
そのお陰で、双方の国の距離はグッと縮まって、友好な関係が深まったのは言うまでもない。
うーん、政って難しい。わたしみたいな小娘には、分からないことだらけ。
だって姫様ご本人のお考えがありながらも、それに加えて国同志の思惑ってやつが絡むからね。
双方の国のお偉方もたいへんだったろうけれど、姫様自身だって、きっとたいへんだったんだろう。
「ああ見えて、この国におわした頃より、その執務はきちんとこなしていた方だからなあ」
「たまには羽根を伸ばして、ゆっくりと楽しんでもらいたいとは、僕たちも思っていたのです」
ははーん、それで姫様の滞在先を、お城にしないでウル翁の別邸にしたのね。
ウル翁の別邸っていうのは、多分この前の事件の時、始めにわたしが連れていかれた古民家風なお屋敷に違いない。
あそこは、いいとこだよね。さすがはウル翁の別邸、落ちついた情緒に溢れていたな。
わたしだって人違いなんかじゃなくて、今度はちゃんとご招待されて、もう一度伺いたいと思うよ。
「ウルリッヒ殿のお館で、ご馳走になった料理も格別だった。あれはちょっと忘れられない味だったな」
「複雑なスパイスの組み合わせと、あとなんでしたか? ダシというものが、先生の料理には使われているらしいです」
ダシ? ダシって、お出汁のこと?
あの夜、いただいたお料理の数々。地味ながらも、味わい深いお料理の数々。
ほのかに感じた、懐かしさすらもあった風味。その正体は、お出汁だったのね。
美味しさの秘密は出汁にあるのは見当がついたけれど、なんの出汁なのかまでは、ちょっと分からないな。
鰹節。ではないことは分かる。
昆布。でもないことも分かる。
いりこ。ではないだろうな。
魚介系の出汁ではないみたいだった。
かといって、鶏とか牛とかの動物系ではないと思う。
クセや臭みもなくて、もっとあっさりとした、野菜やキノコを煮出した旨味だったような気がしたり、しなかったり。
結局のところ、良く分からないけれど、ウル翁だったら干し椎茸の戻し汁を、出汁として使うくらいは平気でやりそうだから困る。
「姫様とはもちろん、ハルマン氏とのやりとりにも情報が行き違ってしまったようでな」
「僕たちは、マチルダ様とは、なんとか捕獲……いえ、上手く合流したつもりだったんですけどね」
わたしが、ウル翁のところで味わった不思議と美味しかったお料理に想いを馳せているうちに、今、重大な事実がさらりと告げられたような気がする。
「ウルリッヒ殿の別邸にお招きするにあたり、ハルマン氏を主導としたご案内の態勢を整えていたのだが」
「サポート役のジェイムズ氏が、どうしても我が屋敷にも立ち寄って欲しいと言い出しまして」
「自慢の大浴場とやらを、姫様にも是非堪能して欲しいとのことだったのだが」
「マチルダ様のご来訪に合わせて、女性使用人の制服も新調したらしいですね」
おー、あの勘違いした大浴場や制服って自慢だったんだな。
まー、見事と言えば見事。そう言えなくもなかったんだけど。
「もっとも、どうもジェイムズ氏の趣味には追いていけないものがあるのだ」
「新しい制服も動きにくいと、使用人たちからの評判は芳しくないようですね」
ははは……。
やっぱり。
「我々も、姫様の同意があれば、滞在中の末日にでも、少しだけならと許可をしたのだ」
「それを都合良く解釈した彼の部下たちが、逸って事を起こしたようなのです」
「うむ。我々も、お泊めしていた筈の姫様が朝には消えてしまったというハルマン氏の報告に驚いたのだ」
「なにしろ消えてしまったもなにも、マチルダ様は僕たちと一緒に、お城に行っていましたからね」
「しかも時を同じくして、ミヅキ殿の行方が分からないという、ミヒャエルの話しもあってだな」
「でも先輩は、いち早く動き出して、僕たちに伝令を寄越す頃には、既にミヅキさんの足取りを掴んでいたようです」
「姫様の件もあるし、あいつには、我々も一緒に行くから待つように伝えたのだが」
「その頃には既に、ミヅキさんの行方を突き止めて、ジェイムズ氏の屋敷に乗り込んだ後でした」
むー。だとすると諸悪の根源は、ジェイムズさんのとこの黒服2号ということになるのか……。
「ヤロウ、次に会った時には、ただじゃおかねぇ。月夜の晩ばかりだと思うなよ」
そうよ。断固抗議しちゃうんだから。
もー、ぷんすか、ぷんすか、ぷんすか。
なぜだかルドルフさんとマティアスくんが、少しだけヒキ気味な顔をしていたことは見なかったことにした、わたしなのでした。




