第142話 お姫様を迎え……じゃなかった、おもてなせ! なのだ その二
やりたかったことのひとつ、メニューを作るのに最適な材料を見つけて、少し興奮気味にB5サイズのノートほどの大きさを手で示し、もっと大きなものはないのかをウル翁に尋ねる。
わたしの唐突な勢いに気圧されるようすもなく、ウル翁はにっこりと笑って「小さく切る前のものならば、ここにたんとあるぞ」と奥から大きな板状のものを何枚か持ってきてくれた。
さすがに、それでは大き過ぎるよ。それの半分の、そのまた半分くらいの大きさで良いのです。
「それなら、切って使うが良かろう」
あー、そうですよね。それって切って、手頃な大きさにしてから使うものですよね。
でも、どうやって切るの? 薄いとはいえ紙ではないから、ハサミじゃ上手く切れないでしょうし。
やっぱりノコギリでギコギコやるのかな。ノコギリってやつは、あんまり使ったことないなあ。
どこからか短めな指揮棒のようなものを取り出したウル翁は、なにか呪文のようなものを唱えながら、それで木の板をすっと撫でる。
すると、おー、光り始めた指揮棒のようなもので撫でられた木の板は、次々ときれいな二つの板に別れていくではないか。
とすれば、それは指揮棒なんかではなくて、コンパクト版な魔法の杖ということになるのかしら。
なんにしても素晴らしい。ところでそれは、なんていう魔法なの? わたしにも使える?
「危ないから、魔法初心者のミヅキちゃんには教えられない」
かくして、板を真っ二つにする魔法(本当はもっとちゃんとした名前があるんだろうけれど)は教えては貰えなかったけれど、メニュー作りに最適な素材を手に入れたわたしなのでした。
しかもこの時、なんとペンとインク以外の筆記用具まで発見してしまったのだ。
あー、いやー、発見は盛り過ぎでした。ごめんなさい。
これまたウル翁のご厚意により、譲っていただいたのです。
ペンとインク以外の筆記用具。それは鉛筆。
ウル翁が魔法陣を描いた携帯用の札、すなわち木簡にさらさらと何かを書き付けていた筆記具。
その筆記具は、いわゆるペンではなかった。どう見ても、それは鉛筆だとしか考えられないものだったのだ。
鉛筆らしきものにも、さっそく食いつくわたし。
「おお、これは鉛筆というものじゃな」
説明によると、真ん中の黒い部分は、黒鉛を粘土で固めたものだそうで。
それを木で作った軸に埋め込んで使うという……。うわー、ホントに鉛筆だったー。
「ミヅキちゃんも使ってみるかのう。インクも使わずに字が書けるのじゃ。まあ、インクと違って、こっちのゴムで擦ると消えてしまうがのう」
使います、使います。
譲ってくださると幸いです。
「ミヅキちゃんなら、きっとそう言うと思ったわい。実は色付きなんかもあるのじゃが。どうかのう、使ってみるかのう」
うおー、色鉛筆まであるの?!
それも、ぜひぜひ、お願いします!!
「もともと鉛筆は、昔の友人に教えてもらったものなのじゃ。ミヅキちゃんに使ってもらえるなら、思わぬところで本懐を遂げたようなものじゃな」
——という訳で。
少しばかりの苦労と、大きな運の良さ……いえ、多大なるウル翁のご厚意により手に入れた素材で作ったメニュー。
お昼の営業用に作ったそれは、わたしの手書きでお料理の名前と、そのお値段を記してある。
もちろん、カップに注がれて湯気を立てているコーヒーとか、同じくお皿の上で湯気を立てているスコーンとか、それっぽいイラストも添えておいた。
うむ、会心の出来。
この世界にくる前に勤めていたバイト先の定食屋さんで、好評だったメニューも何を隠そうわたしが作ったのだ。
その時、バイト先に尋ねてきてくれた、いつも一緒だった友人たちの顔を思い出す。
マスターの奥さんが揃えてくれたメイド服っぽい制服に身を包み、みんなで記念写真(なんの記念なんだか)を撮ったりしたっけ。
わたしは、どんな顔をして映っていたんだっけ。きっと、恥ずかしながら人一倍ノリノリだったのに違いない。
友達のみんなからは、それってコスプレじゃないかって、散々言われてしまったけれど。
そして今、みんなのいない異世界で喫茶店(いえ、ここはオシャレにカフェと言っておきましょう)をやろうしているんだよ。
ちょっとスゴくない? もう会えないであろう友人たちに向かって、もふもふとトクイ毛を撫でてみるわたし。
ふっふっふ。
わたしの理想の喫茶店(じゃなかった、カフェ)。
ちょっと懐かしい感じの、みんなの憩いの場である喫茶店(だから、カフェだって)。
ふらっと訪れると、まず出てくるのが、お水とおしぼり。
おしぼりで手を拭いて、他に誰もいない暑い日だったら、こっそり顔も拭いちゃって、そして程よく冷えたお水を一口。
そのあとは、テーブルの片隅にあるメニューを手に取る。
ホントは、おっちゃんみたいな店主に、メニューを手渡されて、耳許で本日のおススメなどをされちゃったら……もにゃもにゃもにゃ……。
きゃー、恥ずかしくて、ちょっとその先は言えない。
ま、それはそれとして、お水、おしぼり、メニューは、理想のカフェ(おっ、今度は間違えなかった)の必需品なのだ。
せっかく『炎の剣亭』でコーヒーを出すんだから、その三つは押さえときたい。
お水、おしぼりと、順調におっちゃんの賛同を得ることができた。
残るはメニューのみ。
喫茶店(あーもう、カフェじゃなくて喫茶店でいいや)、だけじゃなくて定食屋でも居酒屋でも、メニューってものは大切なのだ。
さて、おっちゃんはそれを分かってくれるかな。分かってくれるに違いない。分からねば、分からせてみせようホトトギス。
わたしは用意しておいた自信作のメニューを、ババーンとおっちゃんに手渡すのでした。




