第140話 お姫様を迎え撃て! なのだ その四
おっちゃんの“いつもの”料理は、皆さんの間では、おおむね好評らしい。
らしい、というのは、文句を言っている方を見たことがない、ということなのだ。
強面のおっちゃんに、文句を言える者がいないだけだろうって?
うーん、それは一理あるかも……。あ、でも、別にそんなことはないのだ。
わたしが見ているだけでも“いつもの”で済んでしまうほど、おっちゃんの料理は皆さんに受け入れられているよう思える。
同じジャガイモでも、茹でるだけじゃなくて、煮たり焼いたり他の食材と組み合わせたり。
常連さんたちが飽きないように、味付けや調理方法に最大限の工夫が凝らされているのだ。
その証拠に、いつも皆さん、とっても美味しそうに料理を召し上がり、お酒をお飲みになって、上機嫌で帰ってゆく。
その笑顔が、おっちゃんに気を遣った演技だなんて、とっても思えない。それはもう、心からの笑顔のように思えるよ。
ただ、お肉を食べたかったのに、お野菜しか出てこない日もある。
そんな日は、残念なことにお肉の在庫を切らしてしまった日なのである。
おっちゃんの仕入れって、とりあえず目についた美味しそうなもの、みんなに食べて欲しいものを買ってくるっていう無計画なもの極まりないものだからな。
味や品質の良さは、おっちゃんの折り紙つきで、その点は間違いないのだけれど、たくさん余っちゃった、とか、もう品切れだ、とかいうことが、しょっちゅう起きてしまうのだ。
それがおっちゃんの性分だし、なんだかんだで賞味期限の来る前に、ちゃんと使い切ってしまうので「もっと計画的に仕入れてよ」とか言えないよ。
だからといって、お客さんたちに毎日来てくれなんてことも言えないしなあ。その日その日の消費状況が読めないっていうのは、更に仕方のないことなのだ。
だから、結論から言えば『炎の剣亭』にはメニューは必要ない、ということになっちゃうんだけど。
でもね、最近は昼営業で、カフェもどきというか喫茶店もどきというか、そんなことを始めたでしょ。
そのお昼の間だけは、なんとなくだけど、お客さんのようすも変わってきているように思えたのだよ。
最初、メニューはコーヒーの、ただ一品だけ。
そのうちネーナさん経由で仕入れた、スコーンとか焼き菓子とかも提供できるようになった。
わたしの作ったサラダや、サンドイッチなんかも好評だ。意外なことに、お茶も人気があったりして。
もちろん、おっちゃんの仕入れてくるお酒の類いも、夜を待たずに午後も半ば過ぎになると良く出ている。
夜も来てくれる常連さんたちばかりではなく、新しいお客さんの数も日に日に増えているのだ。
これは、コーヒーという目新しいものばかりでなく、おっちゃんがの見た目が好青年風に変わったことも関係ありそうな気配。
お昼の間だけだったら集客具合も読めるようになったので、安定して“いつもの”コーヒーとか、“いつもの”スコーンとか出せるようになってきた。ような気がする。
わたしとしては、せめて一週間分くらいの分を、おっちゃんよりは少しだけ計画的に仕入れて、その週のうちに目論見通り使い切るのが目標だったんだけど、ちょっとはうまくいき始めたのかなあ。
せっかくの美味しいものを余らせないように、ウル翁とネーナさんのところには、ちまちまとこまめに発注しているせいか、逆に品切れしそうになってしまうことの方が多い。
そんな時には走るのだ、ウル翁のもとへ。ネーナさんのところに急な追加発注するのは流石に遠慮してしまうけれど、ウル翁のところへは何の心配もなく駆け込めるという不思議。
だってウル翁ときたら、コーヒー豆を追加で譲ってくれないかと、おそるおそる尋ねるわたしの目の前に、
「そろそろ来る頃だと思っておった」
と、丁度欲しかった分だけ、焙煎済みの豆を差し出すんだよ。しかも、たった今煎ったばかりであろう、香り高いものを。
コーヒーを求めてやって来るお客さんを前に、品切れ寸前でテンパるわたし。
そんなわたしのことを見透かしたように、いつでも用意されているコーヒー豆。
普通だったら怖いと思うのかもしれない。怪しいと感じるのかもしれない。
だがしかーし、わたしに限っては、断然うれしさの方が勝ってしまうのだ。
謎多き不思議な、このご老体。やっぱりタダモノではない。
いつかは恩返しを……と思いながら、今は黙ってご好意に甘えるとしよう。
そんな訳で『炎の剣亭』において、本日お出しできる料理を可及的速やかにお客様に伝えるお品書き、すなわちメニューの必要性は高まっているのだ。
——少なくても、わたしの中では。
だって、やってみたかったんだよ、一度。
お客さんがやって来たら、いらっしゃいませのご挨拶と共に、空いているお席へと誘導。
お水とおしぼりをお出しして、その後小脇に抱えたメニューを、さっと広げて提示、
「本日のおススメは、こちらになっております」
とかっていうの。
ファミレスなんかじゃ予め席にメニューがセットされているし、バイトしてた定食屋さんでは壁にメニューが掛けられてたりして、今どき執事さんみたいなウェイターさんがメニューを持って来てくれるのって、なんだか高級店みたいで憧れちゃうのだ。
しかもメニューを受け取る側じゃなくって、さっと取り出してお見せする側ね。
そして更に言ってしまえば、本当は、おっちゃんがそれをやってるところを見たいのだ。
その時ばかりは、メニューを受け取る側に回りたい。
おっちゃんの低い、けれども良く通る、あの声で本日のおススメの説明されちゃったりして……。
ふいーっ。
なに顔を赤くしてんだろう、わたし。
でも、ここで一つの問題が発生する。
お水といい、おしぼりといい、こちらの世界にはなかった文化なんだけど、なんとかそれらが有用であると示すことは出来たように思える。
わたしの中では、飲食店においては、メニューもまた有用なもののひとつであるのだけど、おっちゃんはきっと必要性を感じちゃいないだろうという点である。
さてさて、どうやっておっちゃんを言いくるめ……いや、説得しようかな。




