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第136話 来襲! 朝のお姫様! なのだ

「これはマチルダ姫様。お久しゅうございます」


 おっちゃんの声は至って冷静で、いつもとおんなじだ。

 しかし、わたしは知っている。これは、いつものおっちゃんではない。


 ——マチルダ姫様。お久しゅうございます。


 ……じゃないよ。なんだよ、その持って回ったような、気取った言い回しはっ。


 むむっ、しかも姫様?!

 今、確かに姫様って言ったよね?!

 ということは、この方が噂のマチルダ姫様なの?!

 

 当たり前のようにおっちゃんは扉より一歩踏みいで、マチルダ姫の前に片膝をついて身をかがめる。

 動揺していたのか、ついついわたしまで釣られたように、その後ろにて顔を伏せてひざまずいてしまったよ。


 うーん、懐かしい。前にも、こうしておっちゃんと共に、お姫様の前でひざまずいたことがあったっけ。


 ひざまずきながらも、おっちゃんの広い背中越しに、そおっと姫様のようすを伺う。


 うわー、やっぱり本物のお姫様だ。

 おっちゃんたちの話しからは、もっとこう、やんちゃそうな方を想像していたのだけれど……、とんでもない。


 ちらりと、その姿を目にしただけで分かるよ。身に纏っているオーラが、ただ者じゃあないぜ。

 しかも後光が射しているかのように目映い、キラキラとしたナニかを撒き散らしていやがる。


 これは、わたし個人の感想などではない。そんな気がするというだけではない。本当に、彼女はナニかを撒き散らしているのだ。


 すっと伸びた豊かな黄金色の御髪に、翡翠みたいに美しく輝く瞳。もちろん、お肌の張りと艶は名工が焼き上げた陶器のよう。

 しかもだよ、背の高さは同じくらいなのに、出るべきところはしっかり出ていて、引っ込むべきところもちゃんと引っ込んでいる。


 同じ姉妹でも、妹さんであるところのソフィア姫様は、どちらかと言えば可愛いタイプだったんだけど、マチルダ姫様は美人なタイプなんだな。

 お二方ともタイプは違えど、隠しても隠し切れない高貴さ、溢れ出す気品、外見だけではなくて内面から漂ってくるものが、我々庶民とは段違いだ。


 まあ、ようするにだ……。

 ぜんっぜん似てないじゃんっ!!

 わたしなんかとは、どこもかしこも大違いだよっ!!


 金髪碧眼、しかもナイスバディっていう西洋人風……。

 ふむ、ちょっと違うかな。もうちょっと親しみやすい感じ。

 東洋風でも西洋風でもなく……。美しいことには変わりないんだけど……。


 おお、そうだ。ぴったりな形容詞を思いついたぞ。


『ファンタジー世界の住人みたいなお姫様ーズ』


 こんなんで、どうだ?


 あー、まー、それは当然か。

 最近、馴染み過ぎて、すっかり忘れてたけど、ここって異世界だしな。


『お姫様ーズ』だけじゃなくて、おっちゃんを始め、出会う方々は揃って皆さん美形でいらっしゃる。


 こうして改めてお会いすれば、確かに背格好やら髪型だけは良く似ているのかもしれないけれど。

 いつぞや、暗がりの中、遠くからお見かけした時には、とてもそんな風には思えなかったけれど。


 とかなんとか言ったって、やっぱり比べるのも失礼だよ、やんごとなさ過ぎるよ。

 どこをどう見れば、わたしなんかとザ・お姫様である彼女とを人違いできるのか。


 関係者一同集めて、みっちり小一時間くらい問いつめたい気分だよ。

 そのくらい、初めて間近で見るマチルダ姫様はおきれいな方なのだ。


 日本人の平均的な顔立ちであろう、わたしのような庶民の小娘なんかとは比べ物になどなる訳がない。


 おっちゃんときたら、こんな美人さんと付き合ってたんだよね。

 あ、別に付き合ってた訳じゃないのか。おっちゃん、とびっきりの朴念仁だしな。


 心を寄せてくれた、お姫様の気持ちに気付かなかっただけなんだったっけ?

 いやいや、それって大問題なんじゃないの? そこが大問題なんじゃないの?


 おっちゃんとマチルダ姫様、お二人の間でなにがあったのかは分からない。それはもう、ご当人同士にしか分からない。

 けれども、おっちゃんだって本当はマチルダ姫様の気持ちに気づいてたんじゃないのかなって、ほんの少しだけ思ってる。


 気づいていながら、お互いの立場を慮って気づいていない振りをして、敢えて朴念仁を装った……とか。

 でもってマチルダ姫様の方も、それが分かってしまったものだから、別のお相手……お隣の国の王子様を選んだ……とか。


 今でも、おっちゃんはマチルダ姫様のことを好きなのかもしれない。それもまたおっちゃんにしか分からない。

 そう考えたらさ、おっちゃんを巡る恋のライバルってことだよね、恐れ多くもマチルダ姫様とわたしたちってさ。


 ——敵う訳ないよね。


 久し振りに妄想ドライブを働かせたわたしは、フッとニヒルに笑ってみる。

 それで特になにかが変わるものではないけれど。わたしの気持ちだって変わるものではないけれど。


 マチルダ姫様の方はどうなんだろう? なんだって今さら『炎の剣亭』なんかに来たのだろう?

 ふとマチルダ姫様を伺えば、彼女の視線は眼前でひざまづくおっちゃんに向けられているのだ。


「顔をお上げになって、ミヒャエル。私はもう、この国の姫ではないのですから」


 心なしか、少し寂し気に笑うマチルダ姫。

 くそー、その表情が、またなんとも美しいじゃないか。


 とか思っていたら、ふいにマチルダ姫の視線は、わたしの方へ向けられる。


 やべっ、目が合っちゃったよ。ほんの一瞬だけど。

 お姫様のお顔、こっそり見つめていたこと、バレちゃったかな。


 そおっと伺っていたつもりだったけれど、その美しさに目が離せなくなっていたのだ。


 まさか、いきなり不敬罪で捕まるなんてことはないだろうな。

 ごめんなさい。きれいな方だったので、思わず見蕩れてしまっただけなんです。お許しください。


 わたしは、慌ててお姫様から目を逸らす。

 けれど、目の合った瞬間、マチルダ姫は少し微笑んでくれたような気がしたのだ。


 なんだろうね、今の微笑みは。

 その意味を計り兼ねているうちに、おっちゃんはマチルダ姫を『炎の剣亭』へと招き入れる。


『炎の剣亭』に足を踏み入れた以上、例え恋のライバルといえどもお客様。

 全身全霊をもって接客いたさねばなるまい。さてさて、どうしてくれようか。


「いらっしゃいませ」


 わたしはマチルダ姫様に宣戦布告でもするかのように、いつもの挨拶をいつもの笑顔で告げるのでした。

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