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第135話 来訪? 朝のお客様? なのだ

 おっちゃんと二人っきりの楽しい時間も、そう長くは続かない。

 いつもだったら、まだ『炎の剣亭』を開けていないはずの時間帯だというのに、もうどなたかがいらっしゃったようだ。


 それもまた致し方のないことなのだ。だってここは『炎の剣亭』。王都随一の定食屋なんだか居酒屋なんだか。

 近頃では、コーヒーを仕入れて、昼間の間はカフェにしてしまえ、とか企んでいたりもする訳だし。


 例え営業時間外だとしても、お客さんが尋ねてくるのは当たり前。

 むしろ、誰も来なくなってしまったら、そっちの方が困りものなのだ。


 もっとも『炎の剣亭』の営業時間なんて、とってもいい加減なものだ。

 朝は、お客さんが尋ねてくれたら営業開始だし、夜、お客さんが途切れたら、そこで本日の営業は終了となることが多い。


 おっちゃんときたら仕込み中であっても、お客さんが来たら即対応。あるもので何かしら作ってしまう。

 それがまた美味しい。わたしも初めて訪れた時には、一風変わった生姜焼きを振る舞われて感激したものだ。


 おっちゃんの「仲間たちに、いつでもうまいものを食べさせたい」っていう方針に賛同するのは、わたしだって(やぶさ)かではないのだ。


『炎の剣亭』は、いつなんどきであっても尋ねてくださった方はウエルカム。

 きっとおっちゃんの……、いえ、わたしたちの情熱が続く限り、お店は開かれ続けることでしょう。


 とはいえ今この時だけは、もうちょっと、ほんのちょっとだけでいいから、おっちゃんと二人きりが良かったんだけどな。


 そんなわたしの心の内を知ってか知らずか、おっちゃんはそそくさと扉へ向かう。

 しかも、なんだか知らないけれど、少しだけウレシ毛も生やかしてるっぽいではないか。


 なんだよ、おっちゃん! 二人っきりの朝食に盛り上がっていたのは、わたしだけなの?


 少しだけがっかりしてしまったことはさておき、おっちゃんが扉を開けに行くなんてことは、少し珍しいことかもしれない。

 起き出したおっちゃんが、下に降りて出入り口の扉を開けたら、その後は鍵を掛けることもなく、いつでも開いているからね、ここときたら。


 不用心にも程がある。と思われがちだけど、店内は魔導器と、おっちゃん自身によって謎のセキュリティシステムが働いている。

 まあ、元すご腕の魔獣狩りにして騎士団長だったおっちゃんの店に押し入る強盗の方も、そうそうはいないだろうし、ましてや無銭飲食など企む輩などいない。


 一見さんお断りのお店なんかでは全然ないけれど、尋ねてきてくれるのはおっちゃんの顔見知りの方とか、おっちゃんのファンの方であるとか、とにかく犯罪行為に手を染めるような方たちでは決してない。


 なんという優しい世界。

 思わず感涙にむせぶわたし。


 という訳で、いつもだったらお客さんは挨拶と共に入ってきて、わたしも適当に空いている席をお勧めしたりするものなんだけど。

 でも今朝尋ねてきた方は、ノックをした後、律儀にも扉の向こうで、じっとこちらが開けるのを待っているような気配なのだ。


 今朝は、珍しくまだ鍵を開けていなかったのかな、なんて思っていたら、そうではなかった。

 おっちゃん、セキュリティを解除することもまなく、普通に扉を開けていたからね。


 おかしいのは、おっちゃんの背中から僅かばかりの狼狽を感じたこと。


 もちろん、おっちゃんのことだ。傍目にも分かる程の狼狽(うろた)えぶりを見せているってことはない。

 でも、わたしには分かってしまうのだ。だっておっちゃん、すっかりウレシ毛が消え失せているもの。


 背中だけ見て、おっちゃんのようすが分かるのかって?

 そこはほら、つきあいも長くなってきたことだしね。自然と分かっちゃうものさ。


 なんちゃって。ごめんなさい。ちょっと話を盛り過ぎました。

 ホントはなんとなく、ホントになんとなく、そんな気がしただけです。


 それにしても、いったいどちら様が御来店したのだろう?


 迎えに向かった時の表情から、きっと尋ねてきたのは

 ①ルドルフさん、もしくはマティアスくん

 ②もしくは二人揃って 

 ③ネーナさん

 ④ウル翁

 の四択のうち、どれかだと思ってたんだけど。


 ③と④は、ないかな。

 なんか、朝からお説教されちゃいそうだものね。

 少なくてもウレシ毛は生やしたりはしない気がする。


 ①か②が順当なところかと思われます。

 付き合いの長い仲間でもあり、今ではめっきり減ってしまった、オープン当初からの常連さんだし。

 うん、きっとやって来たのはルドルフさんとマティアスくんに相違あるまい。なあんて思っていたのですよ。


 ところがおっちゃん、扉の前で其処(そこ)はかとなく固まっている雰囲気ではないか。


 その答えを確かめるべく、わたしは箸を置くと、おっちゃんの背後にそっと忍び寄る。


 うーん、やっぱりおっちゃんのようすがおかしいぞ。

 こうも易々と、わたしに背後を取られるなんてありえない。


 俄然興味の沸いてきたわたしは、首尾良くおっちゃんの後を取ると、彼の背中越しにそっと扉の向こうを覗き込んだ。


 そこに立っていたのはなんと……?!


 なんだ、やっぱりルドルフさんとマティアスくんの二人じゃないか。

 いつものように『炎の剣亭』には、お気軽に入ってきてくれたら良いのに。


 あれ? お二人ともどうしちゃったのさ。いつになく表情が固いのね。もしかして緊張していたりする?


 ふと、おっちゃんを見上げれば、彼もまた、らしくもない緊張感を漂わせていたりして。


 やや? なにごと?


 なんて思っていたら、お二人の間を割って、ひょっこりと顔を出したのは、わたしと良く似た背格好の人物。


 しかも、とびっきりの美人だよ。

 どちら様? このとんでもないベッピンさんは?


 でも、どちらかでお目に掛かったことありましたっけ?

 どことなく見覚えがあるような、ないような、その方の醸し出す雰囲気は独特なものなのだ。


 突如現れた、謎の美しい来訪者。そして、ほとばしる緊張感。

 わたしは、おっちゃんたちの次の挙動を刮目して待つのでした。

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