第134話 まだまだ、もうちょっとだけ物語は続くのだ
わたしは何も言わなかったはずなのに、わたしが作ろうとしていたものを見事に作り上げるおっちゃん。
というか、よくお箸なんて知ってたね。元いた世界でも、ナイフとフォーク、スプーンなんかに比べたらマイナーなものだと思っていたけれど。
ほうほう、修行時代、野営してる時に、作り方や使い方をウル翁に教わったのか。
なんでも知っているんだな、あの爺様は。どこから、その知識を仕入れて来たのやら。
ふむふむ、この国は大陸の中央よりも、少しばかり西側に位置しているらしい。
ずーっと東に進んで、大陸の端っこに行けば、お箸を使って食事をする国もあるらしいのだ。
それがもし、極東の島国であったなら、元いた世界の日本と同じようなところなんじゃろうか。ちょっと興味深いのう。
でもって、大陸のだいたい真ん中ら辺りにあるこの国には、近隣の国のみならず、その東の果てからの移住者も少なからず存在しているらしい。
おっちゃんが騎士団にいた頃にも、遠征での野営をした時に作ってあげたら、お箸を使っての食事を懐かしがる方が、ほんの若干名いたという。
それにしても、カンナもヤスリも使ってないというのに、ナイフ一本で良くこんなもん作れるね。
手先が器用なのかな。性分は不器用なくせに。さすがはおっちゃんというか、やっぱりおっちゃんというか。
使った木材も大当たりだったみたい。薪が積んである場所の片隅に落っこてた枝切れだったんだけどもさ。
おっちゃんが、竃に焼べる薪とは別に仕入れておいた、燻し料理に使おうと思ってたものの一部だったらしい。
道理で変な匂いもしなくて、むしろ良い匂いがしたくらいだったはずだよ。スモークするために用意されてたものだったんだから。
そうして作ってもらったお箸は、良く乾かして食用にも使える油を塗って染み込ませておいたら、曲がったり歪んだりすることもなく、わたしの愛用品となったのだ。
その愛用のお箸でいただく、おっちゃんの料理はまた格別だ。
千切りキャベツも食べやすい。
おっちゃん、野菜には塩派なんだな。
小さな瓶に入れられた塩を振りかける。
というか、他に選択肢はないらしい。
この世界には、マヨネーズもソースもないみたいだからね。
わたしは、厨房にあった材料でドレッシングを作ったけれど。
それでも、もしマヨネーズやソースが存在したとしても、おっちゃんは塩を使うんだろうな。
だって、このお塩、とっても美味しいんだもん。塩っからいだけじゃなくて、もっとこう味に深みがあるというか。
きっと一番美味しいエールを探した時と同じように、味付けの決め手となる、一番美味しいお塩を探したんだろうね。
という訳で、ベーコンエッグにも塩を振る。
ベーコンの塩気が強いので、少し少なめに。
その代わり、今度は、やっぱり小瓶に入っている胡椒も振りかける。
この胡椒にも、実はおっちゃんの工夫が凝らされている。
白いやつと黒いやつを、それぞれ粉状になるまでよーく挽いて、秘密の割合で独自にブレンドしているそうだ。
胡椒の仕入れ先はわかっている。
それは、もちろんウル翁のお店だ。
あそこの香辛料の品揃えときたら、尋ねていっては見ているだけでも楽しいのだ。
ちなみに白い胡椒と黒い胡椒って、同じ植物から採れる同じ実で作られてるらしいよ。
収穫の時期や、収穫のあとの処理が違うだけなんだって。てっきり別の品種なのかと思ってたよ。
白いのは、胡椒の実が赤くなるまで熟してから収穫。水に浸してふやかしてから皮を剥いて乾燥させるようだ。
黒いのは、実が熟す直前、まだ緑色のうちに摘んで、皮ごと天日で乾燥させたものなんだって。
同じ大豆でも、若いうちに食べればが枝豆、みたいなものかな。ちょっと違うかな。
ふふっ、でも詳しいでしょう。実はウル翁の受け売りなだけなんだけども。
おっちゃん自慢の胡椒。香りも良くて、旨味の濃いお塩と相まってベーコンエッグとも相性は抜群なのだ。
おっちゃんのベーコンエッグは、薄切りにしたベーコンをカリカリに焼いたタイプではない。
肉厚に切ったベーコンに、どかっと目玉焼きが二つも乗っかっている漢らしい料理なのだよ。
しかも厚めに切ってあるやつを、余分な油を引かずにベーコンから出てきた油だけで炒めてあるね。
薄切りにしたベーコンを揚げるように焼いたカリカリのやつも、あれはあれで香ばしくて美味しい。
けれど、厚めに切ってサッと火を通したものは口の中にジューシーな旨味が広がって、また格別なのだ。
ベーコンは、良い素材が手に入った時には、おっちゃんが自分で作ったりもするらしい。
良い素材かー。良い素材って、どんなんだ? 狩りたての魔獣のお肉とか?
そんなことはない。それは、たまに? やっぱり魔獣のお肉なのか、これ?
ああ、魔獣のお肉を使ってたのは、昔、騎士団にいて魔獣討伐にいってた頃のお話なのね。
でも、魔獣のお肉って食べられるの? え? 魔力抜きすれば? 誰が魔獣の魔力なんか抜けるのさ?
マティアスくん? おっちゃんも、できるんだ? 慣れれば誰でもできる? いんや、わたしにはムリだよ。
おっちゃんとの、とりとめもない会話をしながらの食事。なんだか、とっても楽しいね。
そして、ベーコンエッグというからにはエッグの部分もあるのだ。それも二つ。
こんもりと膨らんで、ぷるぷると震えておる。おー、なんて愛いヤツじゃ。
見ただけで、火の通り加減が最高で、美味しいっていうのが分かる。
いやいや、しっかりと食べますけれどもさ。
わたしは残しておいた黄身の部分を一口でパクリ。
もっきゅ、もっきゅ、もっきゅ。
うん、味が濃くて、やっぱり美味しい。
タマゴも、最近どこかで食べた。どこだったっけ。
こちらに来てから、初のタマゴ料理だったはずなんだけど。
その時のタマゴも、かなり美味しかった。と思う。
よく思い出せないけれど。それは、まー、いいかな。
おっちゃんの作ってくれた料理。それが大切なのだ。
わたしのために作ってくれた料理。そこが大切なのだ。
美味しいね、美味しいね、美味しいね。
楽しいね、楽しいね、楽しいね。
ああ、こんな楽しい時間が、もっとずっと長く続けばいいのにな。
なんて、柄にもなく乙女チックなことを考えながら、二つ目の目玉焼きにお箸を伸ばすわたしなのでした。




