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第133話 まだ、もうちょっとだけ物語は続くのだ

 久し振りに、おっちゃんと向かい合って食事をした。


 うふふ。おっちゃんの手料理だ。


 まずは、このポタージュのように見える白いスープを一口。

 うむ、わたしの知っているポタージュとは若干違っているけれど、これはやっぱりポタージュだ。


 おっちゃんが作るスープ系の料理といえば、ざくざくとした大きめの具材を、絶妙な火加減で煮込んだポトフみたいなものが思い浮かぶ。

 いかにも、細かいことはいいんだよ、黙って食え、的な漢の料理。あれはあれで美味しくて好きだったんだけど、このポタージュはちょっと違う。


 おっちゃんらしからぬ、繊細な、というか、手の込んだ、というか。

 たぶん、ジャガイモとニンジンを柔らかく茹でて、一度取り出したあと、御丁寧に裏ごしをしてあるね。舌触りが滑らかだよ。

 タマネギも、珍しく歯ごたえ重視ではなくて、みじん切りにしたものを、さらにバターかなんかで良ーく炒めてあるね。


 でもって茹でた汁に戻して、もう一度煮込んであるのかな。わたしは、とろみを付けるのに薄力粉なんかを加えたりしてたけど、これは煮込んだ具材だけでとろみがついてるっぽい。

 そして、味の決め手は、このなにかしらの動物の乳。牛乳とは、ちょっと違うんだよなー。なんの乳だろ? でもこれが、この世界における牛乳の味ってことなのかな。


 バターもそうだけど、この牛乳もどきも、わたしの知っている味とは、ほんの少し違っている。独特の風味に、牛乳よりもさらに深いコク。

 バターや牛乳といえば、ご近所のスーパーで売っていた、特売品しか知らないわたしでもはっきりと分かる、それぞれの味わいの違い。

 これがブランド品というやつか?! いや、もしや魔獣とやらの乳だったりして?! でも美味しいからいいや、これがたとえ魔獣の乳、即ち魔乳であっても。


 そもそもこっちでは、乳製品の類いを扱っているところを見かけないんだよね。

 わたしの行動範囲が狭いせいかな。基本、『炎の剣亭』の周り、うろうろしてるだけだしな。

 それとも乳製品っていうのが希少品で、庶民の間では、あんまり出回っていないだけだったりとか?


 珍しい乳製品と思わしきものがふんだんに使われたポタージュを、ふむふむと味わっていると、後味には微妙に和風なテイストを感じる。

 おっちゃんの料理は、以外にスパイスに凝ったものが多いのだ。きっとそのスパイスの出所は、かのウル翁だと思われる。

 このポタージュには、わたしの体調を気遣ってか、あんまり刺激的なものは使われてないみたいだ。塩加減も少なめだし。

 その代わりといってはなんだけど、元の世界でいうところの和風だしっぽいものが入っているような気がするのだ。


 うーん、これはどこかで感じたことのある味わいだね。しかも、こっちへ来てからだよ。どこで食べたんだっけ?

 こちらの世界に来てからいただいた和風な味わいの料理の出所が、喉まで出掛かっていながらも今いち思い出せない。


 思い出せないけれども、構わずわたしのお箸は次の料理へと向かうのだ。


 お箸。ナイフとフォークではなくお箸。

 なんでそんなものがあるかっていうと、作ったんだよ、この前。

 いや、作ったというか、作ってもらったというか。


 この世界の、というか、ここ王都での食事は基本、ナイフとフォーク、あとはスプーンみたいだ。

 わたしもポタージュスープは、この木でできた素朴で可愛らしいスプーンでいただいた訳なのだし。


 しかしだね、自分の作った超細切りのせんキャベツなんかをいただく時には、お箸の方が食べやすい。

 特に、お皿に残った最後の数本のキャベツを余すところなくいただこうと思ったら、それはもうお箸で摘むしかないのだ。


 そんな訳で、この前、休憩時間に厨房の裏で、竃の火付けに使っていた、妙に燃やした時の香りの良かった枝切れの一本を、十徳ナイフを使って加工してみたのだ。

 なんで十徳ナイフなんて持っているんだ。と言われそうなんだけど、それは、いつぞやの誕生日に友達たちから贈られたものなのだ。


 乙女のプレゼントに十徳ナイフを選ぶ友人たちは、相当変わっていると思われそうなんだけど、別にそんなことはなかったよ。とても良い友達だった。

 そして、十徳ナイフを「なんてカッコいいんだ! しかも便利!」と大喜びしたわたしも相当なものだと思われそうだけど、別にそんなことはないですよ。


 ——ないったら。


 えーと、ともかく、お箸を自作していたのだ。


「何をやってんだ?」


 わたしの工作に、興味津々なおっちゃん。

 しばらく危なっかしいわたしの手許を見ていたんだけど、


「どれ、貸してみろ」


 とばかりに、わたしの手から枝切れを取り上げる。

 その手には、いつの間にか、良く切れそうなサバイバルナイフのようなものがあった。


 わたしが途中まで削りかけた、ごつごつとしたお箸もどきを、まるでゴボウのささがきでもするように、きれいに成形してゆくおっちゃん。

 うーむ、本物のゴボウのささがき勝負だったら、負けない自信はあるのだけど、その手付きの器用さには見蕩れるばかりだね。


 あっと言う間に、元枝切れのお箸もどきは、どこからどう見てもお箸にしか見えない、立派なお箸になった。

 最後に、太さや長さを調整して、


「ほれ」


 と一膳のお箸を、おっちゃんはわたしに手渡す。


 表面もなめらか。ささくれの一つもない。握りの部分の太さも丁度良い。

 しかも先にゆくにつれ同じように細くなっていって、その先端はぴっちりと合っている。


 まさに、これならば小さなお豆でも良く摘めそうな、それは見事な出来映えのお箸だったのでした。

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