第128話 止まらないのはロマンティックだけど、ペシミスティックは止まるのだ その二
——おやすみなさい。
そのあと、わたしはめちゃくちゃ寝た。
と思う。
気がつけば、ココハドコ? ワタシハ誰? な朝。
ん? 朝? 朝だよね。
既に開け放されている窓から差し込んでくるのは、眩しい朝の光。
これで、夜だったら、またもや違う世界に飛ばされちゃったことになる。
昼夜逆転の世界。
夜は明るく、昼は暗い。
でもそれは、明るい夜を昼と呼べば良いだけでは?
違うな。そうじゃない。一日中太陽が出ている世界。
こっちだろう。
なんて、いつものようにおバカなことを考えてたら、だんだん目も覚めてきたよ。
間違いない。今は朝だ。光の感じからいって間違いない。
わたしだって、他の誰でもない。わたしは、わたしに決まっている。
ベッドから半身を起こして、覚めきらない寝ぼけ眼で辺りを見回す。
とすれば、ここはどこだろ。
明らかに、わたしの部屋じゃない。
ワンルームタイプのアパートの一室のような、シンプルなお部屋の中がとっても良く片付いている。お掃除もちゃんとされているみたいだ。
わたしだって、そんなにズボラな方じゃないよ。寝起きしている宿舎の部屋だってちゃんと片付けてるし、掃除だってきちんとしているのだ。
あー、いえ、お掃除は毎日やってる訳じゃないけど。
お仕事で疲れた日は、脱いだ服なんか脱ぎっ放しだったりするけど。
そういうことではなく、同じシンプルでもあっても、なんというか、ぱっと見の印象が自分のお部屋とは大きく異なっているのだ。
わたしの寝ていたベッドといい、お部屋の調度品といい、無骨で頑丈そうながらも、そこはかとないオシャレ感。
なんか、どっかで見たことのある感じ。いわゆる騎士感、じゃなくて既視感ってやつだな。
うーん、どこだっけ?
…………!
そうだ、『炎の剣亭』。
わたしの愛する『炎の剣亭』の店内にそっくりじゃないか、ここは。
となれば、ここは『炎の剣亭』の内部か?!
でもこんなとこ、来たことも、見たこともないぞ。
あそこには、まだ隠し部屋なんかがあったのか?!
……そうじゃないだろ。
『炎の剣亭』のお二階に、おっちゃんは居を構えているのだ。
ここはきっと、おっちゃんの部屋のひとつに違いない。
そうとわかれば探索だ。殿方のお部屋なんて、父ちゃんの書斎以外は入ったことなんてないからね。興味津々だよ。
母ちゃんの趣味のものまで押し込んであったし、父ちゃんの部屋はお宝に溢れていたんだけど、ここにはなにがあるのかな。
そう言えば、父ちゃんに借りた小説は、とってもおもしろかったな。
ゲームも拝借して、友達と遊んだっけ。つい何ヶ月か前のことなのに、もう懐かしい。
また友達に会いたいな。今頃どうしているのかな。
できれば両親にも。でも、そっちはちょっと無理かな。
おっと、また少し感傷的になってしまった。
気を取り直して、今は張り切って、このお部屋を探るのだ。
……なんにもない。
いえ、インテリアの類いなんかは、ちゃんとあるのだ。
でも、花瓶なんかの装飾品の類いは見当たらない。
壁に絵が掛かっている訳でもなし、机の上に写真が飾ってあるわけでもなし。
もっとも、この世界では絵画を見たことがあっても、写真の方にはお目にかかったことがないんだけれど。
とにかく片付けが行き届いているせいか、無駄なものなんかなくって、逆に殺風景に見えてしまうのだ。
だからと言って、机の引き出しや、壁のクローゼットっぽい引き戸の中を、開けて覗いてみる気にはなれない。
わたしはスパイではないし、第一、人様の私生活に隠された秘密を漁るような下品な趣味もない。
おっちゃんにだって、プライバシーってものがあるのだ。そこは倫理観を遵守したいものだ。どんなに興味深くても、だよ。
つまんないなー。謎に満ちたおっちゃんのことが、少しだけでも理解できるようなものが、もっと分かりやすく置いてあったら良かったのに。
唯一あるのは、あの棚の上にある鉢植え、あれはなんだろう? ホオヅキかなんか?
棚には、赤くて丸い可愛らしい実を付けた、観葉植物のようなものが置いてあった。
間近で、良く見てみようと鉢植えに近付いたわたしは、少しばかり、いえ、かなり驚いた。
それは、なんとトマトであったのだ。
いや正確にはトマトっぽい何かが、一株だけ、まるで盆栽のように植えられていたのだ。
おおー、これってどう見てもトマトだよね——。
トマトって観葉植物だったっけ?
わたしのいた世界ではトマトは食べ物だったけど、この世界ではそうではないのかも。
いやいや、トマトに似ているってだけで、これはトマトではないのかもしれない。
実は、魔獣の植物版みたいな、気を抜くと襲われてしまうみたいな、要注意なものかもしれない。
わたしは、その丸くて赤い可愛い実を持つ植物の正体に思いを馳せる。
ひとつ食べてみれば、分かるかもしれない——。
そんな悪魔のようなことを思いついたところで、おなかがきゅーっと鳴った。
やだ、恥ずかしい。誰かに聞かれてなかったかな。
辺りをきょろきょろと見回しても、誰の姿もない。
当たり前だ。目が覚めた時から、部屋の主であろうおっちゃんさえいなかったのだ。
おなかへったな。さてさて、このあとはどうしよう——。
そこまで考えて、あれれと突然思い当たる。
なんでわたしは、自分の部屋でなく、おっちゃんの部屋にいるんだ——。
そして、さらに怖い考えに辿り着いてしまったのだ。
そもそも、ここって本当におっちゃんの部屋なのか——?
自分の考えに自分で驚いて、改めて部屋の中をあたふたと伺う。
そうだ、窓。窓からの景色を見れば、ここが、どこかも分かるかもしれない——。
一縷の望みを託し、わたしは目の前にある、朝日が眩しく差し込んでいる窓に向かって、必死に駆け寄るのでした。




