第127話 止まらないのはロマンティックだけど、ペシミスティックは止まるのだ その一
ひゃ〜。
鳥だ! 飛行機だ! いや未確認飛行物体だ!
……言い回しが、ちょっと古いな、我ながら。
でも、いったいなんなんだ? あれは?
あんなことがあったというのに、まるで何事もなかったように晴れ上がっている空には、ちっさいながらも、赤々とした火の玉がいくつも浮かんでいたのだ。
しかもだよ。不格好ながらも、なんとなーく♡を描いているようにも思えなくもない。
……あれってやっぱり、わたしがさっきまで思い描いていたファイヤーボールなんじゃないのかな?
うっひゃ〜。恥ずかしい。
ほんのちょこっと妄想しただけだよ。
ホントのホントに、あんなものが現れるだなんて。
さっきまで、お騒がせなファイヤーボールで、みなさんにご心配をおかけしたばかりなのに。
またもや、あんなものを出現させちゃったりしたら、はた迷惑も甚だしいってやつだよね。
なにより、そっと心の中で夢想していたものが、あんなに堂々と空の上にぷかぷかと浮かんでいたら恥ずかしいじゃないか。
それのみならず、だ。空を見上げているのは、おっちゃんばかりじゃないんだよ。
わたしを助けてくれたネーナさんも、お迎えにきてくれたルドルフさんも、なにやら一心にこちらを見つめていたマティアスくんも、みんな空を見上げている。
それどころか、裏門で揉み合っていた衛兵もどきの方たちも、派手な制服の特殊侍従の方たちも、みんな、みーんな空を見上げて、なにやら頷いてらっしゃる。
それだけだったらまだしも、みなさん揃いも揃って、心なしか、うっすらと微笑んでいるようにも見えるではないか!
みんな、あれが何だかわかっているのか? ただの火の玉だぞ。
わたしの気持ちが籠ってるのが丸わかり? そんなことはないよね。
……よし、消そう。消してしまおう。わたしが作り出したのがバレないうちに。
でも、残念ながら消し方が良く分からない。そもそもが出したつもりもないものだったし。
そうだ。あれを思い浮かべた時のように、今度は消えるところを思い浮かべればいいんじゃないの?
そっと心の中で、あの恥ずかしい♡のカタチに並んでいるファイヤーボールが、しゅっと消えてしまうように念じてみる。
そーれ、しゅっとな。
あれ? 消えない。
もうちょっと念入りにしないとダメかな。
それそれ、しゅしゅっとな。
先ほどより、ぎゅっと強く目をつぶって、一心にあの火の玉が空に霧散してしまうところを想像してみた。
……消えない。消えないよ。どういうことなの。早くしないと、おっちゃんにもバレちゃうよ。
「なあ、あれはお前が作ったのか」
あはは。もうバレてました。
「そうなんだろう、ミヅキ」
ちぇっ。おっちゃんときたら、こんな時だけ勘が鋭いな。
返事をする代わりに、盛大に目を泳がせながら、そっぽを向く。
そっぽを向いたあとは、赤くなった頬をみられないように、それとなく俯くわたし。
察しろよ、おっちゃん。確かにあれはわたしの仕業だけどもさ。
恥ずかしいんだから、気づかない振りをしてよ。
こっちの方面は、相変わらず鈍いんだから、もう。
「すごいじゃないか」
へ?
「あれだけ大きなファイヤーボールを作ったあとで、こんなことまでできるなんて」
は?
「お前には、料理だけじゃなくて、魔法の才能もあったんだな。さすがはオレの弟子だ」
あれれ? 以外にも好評なの?
えへへっ。照れちゃうな、そんなに誉められると。
なんと単純なわたし。思わず顔を上げて、おっちゃんの顔を見て笑ってしまった。
おっちゃんの表情は、それまで口調とは裏腹に、少しだけ憂いのこもったものだったけど、わたしにつられたかのように本当に笑顔になる。
その笑顔を見たら、なんだかものすごく嬉しくなって、わたしは久し振りに声を上げて笑ったのだ。
「あはははははっ」
まったくなんて顔をしてるんだ、おっちゃん。
わたしのことを、本当にずっと心配してくれたんだね。
勘が鋭いんだか、鋭くないんだか。
察しが良いんだか、悪いんだか。
乙女心がわかってるんだか、いないんだか。
でも、この世界にやってきて、おっちゃんと出会えて良かったよ。本当に良かったよ。
はっはっは。人間万事塞翁が馬ってやつさ……。
そ、そうだっ。この調子ならきっといける。
今だったら、この勢いで告白なんかもできるんじゃないか。
わたしの内に秘めた、今気づいたばかりの本当の気持ちってやつを。
そいつは流石に調子にのりすぎかな。
いやいや、そんなんこたあない。
今の正直な気持ちを、このおっちゃんに対する気持ちを告げるのだ。
いけ、わたし。
……ってあれ。
なんか、おかしい。
あんまり笑い過ぎたせいかな。
なんだか、頭がくらくらするよ。
笑い過ぎ? そうじゃないな。
もっとこう、別のなにかだよ、これは。
どうしよう。きっと体力も魔力も限界を迎えたのだ。
それが、なんで今なんだ。こんな時に限って、こうなんだ。
あとはもう、おっちゃんの胸に飛び込んで、そっと愛の告白でも。と思ったばかりなのに。
まったくもって間が悪いったらない。
わたしときたら、いつもこうだよ。
青空のバカ野郎ーーーっ!
思いっきり叫び出したいんだけど、もう声すらも出てこないよ。
バカ野郎は、わたしの方だ。
こんな大切な時に、足の力が、身体の力が抜けていく。
なにより張りつめていた気持ちが、今までのことがウソみたいに抜けてゆく。
もうダメだ、おっちゃん。あとは任せたよ。
どうしてだか、ふらついてしまうんだ。
立っていることすら侭ならない。
なんだか眠たくて眠たくて、しかたがないのだ。
……わたしは……、わたしは、もう寝るっ!
その後すぐ、にっこりと微笑んだ表情のまま、ぱったりと気を失ってしまうわたしなのでした。




