第124話 萌えよ、ファイヤーボール! なのだ その六
ぷっしゅ〜。
なんとも間抜けな音なんだけど、これはわたしが最後の力を振り絞って、なけなしの魔力をお尻の辺りから噴出させた音なのだ。
心なしか、お尻とか背中とか、そのへんが暖かくなってきた気までするんだから、それはもう間違いない。
……だから、おならじゃないってば。
……ホントに。
……ウソじゃないって。
さあ、できることは全部やったぞ。わたしの運命に対する抗いも、今ので最終策だ。吉と出るか、凶とでるか。
それにしてもだね。わたしの秘策、魔力の逆噴射が功を奏したのかな。一向に地面に打ち当たる気配がないんだけど。
よもや屋根から落ちた拍子に、またもや別の異世界へでもトリップしてしまったのか?!
なんちゃって。
そんなことはない。
その証拠に空の色だって、さっきから見てるのとおんなじさ。きれいな青い色だ。
そこに浮かんで見える雲だって、少しずつだけど遠離っていく。わたしは、確かに落ちている。
おっちゃんの呼んでいる声だって、さっきからずうっと、ちゃーんとわたしの耳に届いているんだ。
「ミヅキーーーーーッ」
うふふっ、珍しいな。
おっちゃんが、わたしを名前で呼んでるよ。
でも、下の名前を呼ばれると、なんだかちょっと照れちゃうね。
「ミヅキ様ーーーッ」
おー、この声はネーナさんかー。
ごめんなさい。ネーナさんには心配かけまくりの、お世話になりっ放しだったよね。
「ミヅキ殿ーーーッ」
やや?! この声は、ルドルフさん?!
ルドルフさんまで駆けつけてくれたの?!
あー、ルドルフさんにも、これまでご迷惑をかけっ放しだったなー。
最後に、みんなの姿を一目見ようと、声のする方へそっと首を傾ける。
やっぱりルドルフさんだ。でも、その横にいらっしゃる女性は、どなたなのでしょう?
見覚えのある方だとは思うのですが、どこかでお会いしたことありましたっけ?
そして、ルドルフさんの傍らで一心にこちらを見つめ、わたしに向かって手をかざしているのはマティアスくんか?!
マティアスくんときたら、こんなところにまで、わざわざやって来てくれたんだ?!
あー、思えばこの世界で最初に友達になってくれたのはマティアスくんだったっけ。
キミのことは一生忘れないよ。いやさ、わたしの命も風前の灯火ってやつなんだけどね……。
……まだ落ちてないね。
さすがにこれは、なにかおかしくない?
わたしは今、絶対絶命の大ピンチッ! のはずだったのに。
死ぬ間際に見る一瞬の夢、今までの人生が走馬灯のように巡って来るっていうのもなく、代わりにいつもの妄想オーバードライブが炸裂しちゃったけれども。
死の瞬間は誰しも意識だけが覚醒して、思い出の走馬灯だけじゃなくって、お世話になった方々に挨拶に回るっていうけれど。
彼らの姿は、わたしだけが見えている幻なのかな。あれは本物じゃなくて、この見えている景色もニセモノで、既にわたしはあの世に来ちゃったとか?!
まあ、いいや。
本物じゃなくったって、最後にみんなの顔を見ることが出来てうれしかったよ。
思えば、わたしは聖女として、この世界にお呼ばれしたんだよね。それは、ただの手違いだったけど。
それなのに、みんなが優しくしてくれて、本当にうれしかったんだよ。
ありがとう、ありがとう、ありがとう。こっちの世界に呼ばれて、わたしは幸せ者でした。
それに報いることができなかったのは、少しばかり心残りだけれど、まあ良しとしよう。わたしはわたしなりに精一杯やったんだよ。
でも欲を言えば、元の世界の友達にも、もう一度会いたかったなあ。
こっちの世界で生きていくと覚悟を決めたんだけど、彼女たちとお別れしたつもりなんて毛頭ない。
もう一回だけ元の世界に戻ることが出来たら、一瞬だけでも彼女たちの元気な姿を見ることが叶うなら。
そう思わないこともないかったけれど、彼女たちは、いつだって心の中深いところにいて、わたしを見守ってくれているのだ。
さあ、父ちゃん、母ちゃん、今そっちへいくよ。早く来過ぎだなんて怒らないでよ。
心ならずもあなたたちが早くに逝ってしまったように、これもまた、わたしの運命というものさ。
このまま、わたしの命運が、今ここで尽きたとしても一片の悔いなしってやつだ。心残りなんてない。
——そう、心残りなんて……ない……こともない……かな。
「いやだ、本当はまだ死にたくなんてない」
ぽつり。もれてしまった言葉。
心残りがないなんて、ウソだ。欺瞞だ。ごまかしだ。
この世界に呼ばれた、その時。自分でもそうとは知らないまま、空っぽだったわたしは、あっさりと自分の命が尽きたことを受け入れてしまった。
けれども、今は違う。もっと生きたいと思う。生きて、この世界に来たことを悔いないよう、今度こそ天寿を全うしたい。
元の世界に残してきた友達とだって、もう一度会いたい。あっちから、こっちへとやって来ることができたのだ。こっちからあっちへいく方法だって、きっとあるに違いない
——それに……、
それに、わたしは、まだ恋というものをしたことがないのだ。
一回くらいは、誰かを好きになってみたかった。
その時、心に思い浮かぶのは、あろうことかおっちゃんの顔。
なんでだ?! なんでまた、おっちゃんの顔なんて思い出してんだ?!
「ミヅキーッ!」
ああ、そうか。どこかでおっちゃんが、わたしのことを呼んでるからなのか。
「ミヅキーーッ!」
ああ、これもわたしの幻想がなせる技。おっちゃんときたら、幻想の中でもやかましい。
「ミヅキーーーッ!」
気のせいかな?
時が止まっているかのように、わたしの身体が、ぽっかりと宙に浮いているような気がするぞ。
「ミヅキーーーーッ!」
気のせいじゃじゃない!
本当に今、ここだけ時の流れが遅くなったように、わたしの身体は宙に浮かんだまま、ゆっくりと下降しているのだ。
「ミヅキーーーーーッ!」
うわあ、びっくりした。
なんで、こんなに間近でおっちゃんの声がするんだ?
がしっ!
そう思った瞬間、何者かの腕がわたしを力強く抱きとめる。
聞こえてくるのは、低いけれども良く通る声。
おっちゃんだった。
ちょっと待って。まだ現状の把握が良くできないよ。
さっきまで、ちょっと離れたところにいたよね。
なんで、ここにいるんだ?
どうやって、ここへ来たんだ?
おっちゃん、実は瞬間移動もできるのか?
それ以前に、わたしは屋根から落ちている最中だった。
あれこれと策を弄したけれど、どれも上手くはいった気配がなかった。
要するに、全ては焼け石に水ってやつだった。
最後におっちゃんたちの顔が見えたのも、死の瀬戸際で見えた幻に違いない。
なーんて思っていたんだけれど。
いったい、なんだ? なんなんだ、これは!
気がつけばわたしは、おっちゃんにお姫様だっこをされて、彼の腕の中にいたのでした。




