第122話 萌えよ、ファイヤーボール! なのだ その四
見上げたのは良く晴れた青い空。その中を、わたしのファイヤーボールはふらふらと上へ昇ってゆく。
それを追い掛けるように放たれた、おっちゃん謹製のファイヤーボールは、ものスゴい勢いで飛んでいった。
わたしのファイヤーボールは、大きいことは大きいんだけど、火の勢いが足りない感じなのだ。動きも鈍いしね。
一方、おっちゃんの放ったやつは、大きさこそ小ぶりだけど、わたしのとは段違いに炎に勢いがある。こう、きゅっとエネルギーが凝縮されてる感じ?
だがしかーし、おっちゃんのファイヤーボールは、威力もスピードもあり過ぎなのだ。
このままいくと、わたしのファイヤーボールを追い越して、惜しいところで掠めるように、どこかあらぬ方へと飛んでいってしまうんじゃないか?
だがだがしかーし、わたしの憂いが最高潮に達した、その刹那。
どこからか小さな、けれどもおっちゃんのファイヤーボールに負けないくらいの勢いで飛び出してきた、無数のファイヤーボール。
それは炎の玉というより、炎の弾丸!
はあ、それにつけても、その刹那って言い方ってカッコいいよね。
別に、その瞬間、とかその一瞬、とかでもいいんだけどもさ。
ああ、こんなこと考えている場合じゃなかった。
誰だ?! 今のファイヤーボールを撃ったのは?
おっちゃんか?! おっちゃんが、追撃のファイヤーボールを放ったのか?
わたしは、幾つものファイヤーボールが飛んできた方向に視線を投げる。
なんと、そこに立っていたのはネーナさんだった。
ええっ?! 今のはネーナさんだったの?!
あそこから撃ったんだとすると、結構な距離よね。
ネーナさん、すっごーいっ!
肩で息をつくネーナさんの唇が微かに動く。
ん? なんだ? なんか言ってる?
——ば・く・え・ん・の・ね・ー・な・さ・ん・じょ・う。
爆焔のネーナ参上?
確かに今、そう言ったように思えたけど。いや、まさかね。
これはきっと、わたしの見間違い、聞き間違いに違いない。
あのお淑やかで、なおかつ大人のデキる女、ネーナさんがそんなこと言う訳ないのだ。
わたしは、あらぬ妄想を振り払い、ネーナさんの放った数々のファイヤーボールの行方を見守った。
大きさこそ小さいながらも、おっちゃんの放ったものと、勝るとも劣らない勢いのファイヤーボール。
そのうちの幾つかは、わたしのファイヤーボールの大きさを削っていく。
そして、残りの全ては、おっちゃんのファイヤーボールに命中する。
すごい命中精度。そして量と質。さすがはネーナさん。
ネーナさんの、さっきのあれは聞き間違いではなかったのかも。
まさに、『爆焔使い』の腕前と言っても言い過ぎではないだろう。
でも、本当にすごいのは、ここからだった。
ネーナさんのファイヤーボールは、わたしのを削って小さくしたのだけれど。おっちゃんの放ったものは削らずに融合したのだ。
しかもだ。当てる角度を計算したかのように、その軌道をも変えて、見事にわたしのファイヤーボールに一直線に向かっていく。
ふえー。なんだ、この名人芸というか職人芸というか。おっちゃんとネーナさんの技の競演は。
バカみたいにぽかんと口を開けて、二人のファイヤーボールが、わたしのファイヤーボールに見事に命中するのを眺めている。
おおっ?!
おおおっ?!
おおおおおーーーーーっ!
やったーっ! 大当たりだーっ!
軌道を変えたおっちゃんたちのファイヤーボールは、わたしのそれに見事に命中する。
じわじわとわたしのファイヤーボールにめり込んでゆき、融合した瞬間、それはまるで花火のように四方八方へと四散した。
昼間なのに、まるで本物の花火以上にきれいに咲いた大輪の花は、小さな粒子となって青空に溶けてゆく。きっと夜に見たのなら、さぞや幻想的で美しい光景であったろう。
おっちゃんは、後方のネーナさんを振り返ると、頭をかきながら会釈をしている。
おっちゃん、ネーナさんには敵わないって顔してた。ちょっと少年の頃に戻ったみたいで可愛いかも。
珍しく、心なしかネーナさんの表情にも、件のトクイ毛が生えているような気がした。
ふふふっ、ネーナさんのトクイ毛って、控えめだけどカッコいいなー。
わたしは、自分のしでかしたこともすっかり忘れて、なんだかほのぼのとした気持ちになる。
おっちゃんと揉めていた衛兵もどきの皆さんも、ネーナさんを追っ掛けていた特殊侍従軍団も、ある者は安堵の表情と共に空を見上げ、またある者は隣の者と肩を叩き合い、二人を指差して賛辞か謝礼かなにかの言葉を口にしていた。
かの黒服二号なんかは、すっかり盛り上がって拍手なんかしてるよ。
うんうん、そうだろう、そうだろう。すごいだろう、わたしの師匠たちは。
ネーナさんは、わたしの憧れ、心の師匠。
そしておっちゃんは、今さら言うべくもなくいろんな意味で、この世界におけるわたしの師匠だ。
わたしは、自分のことのように誇らしい気持ちで一杯だった。
この世界にお呼ばれして、早三月。
最初は慣れないこの世界。
元の世界に戻れないと知った時の心細さ、寂しさ。
なにをどうすれば良いのか、わからなかったこの世界。
懐の中は無一文じゃなかったけれど、心の中はぽっかりと穴が開いたような気がしていたよ。
でも、おっちゃんたちと知り合えて、それだけでもこの世界に来て良かったな。
人騒がせなファイヤーボールが、もうすっかり消えてしまった青空を感慨深く見上げる。
大きく伸びをしながら深呼吸。一歩二歩と、空を見上げたまま、前へと歩き出した。
でも三歩目はなかった。
そこにあると思っていた屋根は、もう終わり。
踏み出した足は、宙を泳ぐ。
「ミヅキーーーーーッ」
ゆっくりと落ちてゆくわたし。その名を呼ぶおっちゃんの声。
それは、こんな時だというのに、はっきりとわたしの耳に届くのでした。




