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第121話 萌えよ、ファイヤーボール! なのだ その三

 ぐらり、揺らいだわたしの身体。


 でも、こんなところでだって、へこたれないのが唯一のとりえなのだ。

 意外なことに、往生際も、諦めも悪い女なんだぜ、わたしって。


 遠くに聞こえるおっちゃんの声を心の支えに、もう一度全身の力を入れ直す。

 鼻血だって、垂れないようにと心持ち顔を上げてみたり。


 よし、よし、よーし。

 なんとか持ちこたえたじゃないか。

 良くやった、良くやったぞ、わたし。


 とは言っても、始めはもっと屋根の真ん中に立っていたと思うのだけど、今や自らのファイヤーボールに圧されてへりの辺りまで移動していた。

 まさに崖っぷち。これであと一歩二歩と後ずさりしてしまったら、文字通りあとがない。わたしは地面に真っ逆さま。ファイヤーボールは、どこかあらぬ方向へ落ちてゆくことだろう。


 絶対絶命の大ピンチなことに変わりはないのだ。


 それにしてもおっちゃん、ここへ来るったって、来てどうするんだ?

 後ろからわたしを、よいしょよいしょと押し上げる訳でもあるまい。


 なにか良い手でもあるんだろうか。

 まさか、ノープランなんてことはないだろうな。


 いや、有り得る。

 おっちゃんなら有り得る。


 この僅かだけれど一緒に過ごした月日の中で、それとなく分かったんだけど、おっちゃんは天然なのだ。


 天然というより、天才肌ってやつ?

 うーん、それもちょっと違うかな。


 努力も怠らないだけれど、なにか大切なことを決める時には直感に頼るというか。

 またそれが、悔しいくらいに上手くいってしまうというか。


 うまく言えないけれど、これまでの自分を、今の自分が一番信頼してるタイプというか。

 まだ自分に対して、自信の持てないわたしには羨ましいタイプというか。


 だから、おっちゃんがノープランで、感情のままにこの屋根へ突っ込んできたとしても、なんの不思議もない。

 そして、おっちゃんが突っ込んできた以上、それが正解なのであり、それはきっと成功するに違いないのだ。


 わたしは、首だけを動かして、そっとおっちゃんのようすを伺ってみる。


 するとおっちゃん、なんと、わたしに負けないくらい大きなファイヤーボールを、あっという間に作り出したではないか?!


 なにっ?! なにをするつもりなの?!


 そっと見たおっちゃんの顔。いつになく真剣な表情で、視線はわたしの頭上に向けられていた。


 まさかおっちゃん、その大きなファイヤーボールを、わたしのファイヤーボールにぶつけて相殺しようってんじゃないよね。


 いや、有り得る。

 おっちゃんなら有り得る。


 それは、とてもシンプルな作戦。

 同じくらいか、さらに強力なファイヤーボールで吹っ飛ばすつもりなんだろう。


 炎のミヒャエルにしかできない作戦。

 でも、おっちゃん。こんな至近距離でファイヤーボールのぶつかり合いを見る羽目になった、わたしのことまで考えてる?


 突然、不安になるわたし。作用反作用とか力のベクトルとか、関係ありそうでなさそうな言葉が頭の中を去来する。

 わたしの心細そうな背中を心配したのか、それまでファイヤーボールを作り出すのに無言で集中していたおっちゃんから声が掛かった。


「ホズミーッ、せーのでいくぞっ!」


 えっ? えっ? なにをいくって?


「オレは、こいつをお前の頭の上のそいつにぶつける。お前はできるだけ、空高くにそいつを放り投げろっ!」


 なに? そのムチャ振り?


「お前なら、きっとできる。大丈夫だ」


 思わず振り返ったわたしに向かって、おっちゃんは良い笑顔と共に、親指をぐっと立てた。


 大丈夫じゃないよー。今だっていっぱいいっぱいだっていうのにー。


 でも、こんな時こそ頑張ってしまうのも、わたしの性分なのだ。

 おっちゃんときたら、それを分かっていて言っているのかな。


 だがしかーし、おっちゃんがそう言っているのだ。

 余計なことを考えるのはやめておこう。


 今は、おっちゃんを信じるだけだ。

 大丈夫に決まっている、たぶん……。


 頷くわたし。頷き返すおっちゃん。


「いくぞっ! せぇのっ!」


 おっちゃんの掛け声に合わせて、わたしは渾身の力を振り絞る。

 文字通り全身、両手両足、腰にも精一杯の力を、わたしは込める。


 イメージを膨らませるのも忘れない。

 それこそ、わたしの得意技。

 脳内で妄想を繰り広げるのだ。


 バレーボールのトスを上げるように、膝のバネを利かせてみたらどうかな。

 ちっこいけれど、わたしの身体全体を使うようにしてさ。


「そおれっ!」


 まだまだ、上手くいかない。

 ファイヤーボールは、ほんのちょっぴりしか動いていないように見える。


 けれども負けないよ。

 もう1回挑戦するのだ。


「そいやーっ!」


 おー、すごい。

 今度は、だいぶ動いた気がする。


 この調子で、もう一度。

 心の中で、頭の上のファイヤーボールに魔力を送る。

 溜まりに堪った力を、下側から噴射させるイメージ。

 花火のように、空高く火の玉を打ち上げるイメージ。


 うまくいけば、頭上高くにファイヤーボールは飛んで行くはず。


「どすこーいっ!」


 あんまり掛け声が乙女っぽくなくなっちゃったのは残念だけれど、持てる力をフルに発揮して、ファイヤーボールを天高くへと投げ飛ばした。


 お? なかなかいい感じじゃないか。


 わたしのぶん投げたファイヤーボールは、目論見通り、わたしの頭の上、遥か彼方に飛んでゆく。 


 おお? そのあとに続くのは、おっちゃんのファイヤーボール。


 わたしのファイヤーボールに比べると、ちょっぴり小粒だけれど色つやが違う。

 まさに真っ赤に燃え盛る炎の玉。勢いも激しく、スピードも段違いに早いぞ。


 さすが、炎のミヒャエル謹製の渾身のファイヤーボール。

 しかも発動まで何秒だ? 呪文の詠唱も聞こえなかった気がする。

 わたしの見よう見まねなインチキなファイヤーボールとは違って、あれは本物だ。 


 おおお? よしっ! そのままいけ! いって、ぶち抜け!


 でも……、あれ? このまんまじゃ、当たらない?


 わたしの打ち上げた火の玉と、おっちゃんの放ったファイヤーボールの軌跡が僅かに一致しない。


 お願い、外れないで。


 わたしは二つのファイヤーボールの行方を、祈るような気持ちで見つめるしかできないのでした。

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