裏謁見〜女農商の場合〜
思ったより長くなってしまったので2話構成。
近衛騎士である俺の朝は早い。また日が昇らないうちに修練場へと足を運び、身体の調子を確認する。
今日は確か午後から西の領主の住民ご謁見を申し込んでいたはずだ。
平和が続く世の中ではあるが、もしもの時に動けなければ意味がない。
ルーティンである素振りを終え、流れる汗を手拭いで拭う。初夏に差し掛かるとはいえ、朝はまだ肌寒い。
場内の脇に置いてある水汲み場で手早く身体をいた俺は食堂へと向かった。
食堂からは同僚の賑やかな『思考』が聴こえてくる。
そうか、ジェイドのやつはまたフラれたのか。これで何人目だろうか。
さて、今日は一体どんなヤツが相談事を持ち込むのだろう。
取り止めのない思考に身を委ねながら、俺は食堂の扉を開けた。
俺の名前はオーセ・ノママーニ。転生者だ。
元の名前は田中太郎、交通事故にあい命を落とした後、前世の記憶を引き継いだままこの世界に男爵家の三男として生まれ変わった。
転生前には神様も出てきたし、心が読めるというスキルももらった。垂れ流しだから良いことは特にないが。
顔も悪くないし、身体能力も平均よりかなり高い。治安がいいから活用することは特にないが。
魔法もこの世で使い手がほとんどいない虹属性が使える。いわゆるチートだな。ただし、呪文が見つかってないので使用することは特にないが。
なんで俺がこの世に転生したかは謎だ。俺の知ってる魔王は聖人かというくらいに善人だし、勇者も普通のおっちゃんだ。千人くらいいるらしいし。
当然世界の危機なんてものもないし、この国は平和そのものだ。ダンジョンだけは鬼畜らしいが、冒険者でもなければ行く機会はない。
ただ、それはナァルフォード様とサヨーデ宰相の功績が大きい。
・・・・・・一般的に見れば、だが。
謁見の間で直立して控えていると、その時はきた。
ゆっくりと部屋に入って陛下を目にした俺は跪いた。
「楽にせよ」
「はっ!」
言われて俺は立ち上がる。俺の前を通り過ぎた陛下は玉座へと腰を下ろした。
(・・・・・・謁見・・・・・・やだなあ。)
・・・・・・陛下の声だ。俺のスキルは常時発動型の為、俺の意思に関係なく人の心を読み取る。
(眠いなあ・・・・・・。)
どうやら陛下はお疲れみたいだ。
(腰もなんだか痛いし。)
それは良くない。後で医師に相談してみよう。
(帰りたいなぁ)
・・・・・・。
(もう、嫌d・・・・・・)
文句多いよ!!ちょっと陛下っ!めっちゃ嫌じゃん!俺この後どんな顔してやりとり見守ればいいんだよ!!
陛下の独白にツッコミを入れている間に、今回の相談者のサヨーデ宰相が謁見の間に訪れた。
宰相は俺に一つ頷くと所定の位置につく。
相談者である女は三段の手前で立ち止まり、跪いた。
その表情は髪で隠れていて、こちらからは確認が出来ない。
(今回の謁見希望は女か・・・・・・はてさて、陛下への相談事とは一体どのような。それにしても、やけに落ち着いた様子だが、相当に場数を踏んでいるに違いない)
サヨーデ宰相は穏やかな表情を女に向け、あれこれと思考を巡らせている。
俺は先程から思考も静かな女の方へと視線を向けた。
(・・・・・・あっ・・・・・・緊張する・・・・・・陛・・・・・・近い)
めっちゃ緊張してる!!ええっ、思考も漏れないくらいって、いや倒れちゃうよ!!
大丈夫だろうか、今回の謁見・・・・・・。
俺は不安な気持ちを欠伸にも出さず、ただただ真正面を見つめる。
落ち着け、俺。俺はもはやオブジェ。この空間においてオーセ・ノママーニは花瓶と同じと心得ろ・・・・・・
(はあ、帰りたいなあ。)
(陛下は今日もやる気と覇気にみなぎっておられる。)
(あっ、ダメ。もう、死ぬ。)
・・・・・・やっぱ無理だーーー!!!
こうしてそれぞれの思惑を抱えたまま謁見が始まった。
楽しんでいただけたなら幸いです。
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