幕間〜王様と王子様〜
お待たせ致しました。
幕間です。
次回、本編です。
楽しんで頂ければ幸いです。
「父上!!暴言を吐かれたとは誠ですか!?」
ある日の昼下がり、一人の男が執務室扉を開けて勢いよく転がりこんできた。
切長だが大きい瞳、白い肌と金色の艶々とした髪、多くの人が整っていると評するだろう風貌の男は、机に向かうナァルフォードの前までやってくると、興奮もあらわに先程の言葉を告げた。
対し、ナァルフォードは黙々と手元を動かしている。
「父上っ!」
答えないナァルフォードに対し、男は詰め寄った。机に両手を叩きつけ、ナァルフォードの注意を促した。
動かしていたペンを置き、ナァルフォードは男へと目をやった。
「ムスコーよ。貴様のこの一連の行動は暴言や暴挙にはあたらんのか?」
ナァルフォードは息子であるムスコーを鋭く睨みつけた。うっ、と思わずその眼光に後ずさるムスコーだったが、何とか堪えて負けじと食ってかかった。
「御無礼はお詫び致します。ですが、聞けばただの一兵士に暴言を吐かれたというでは無いですか!そのものを放置しておけば、陛下の御威光は霞んでしまいます!!」
両者睨み合いになった。ナァルフォードはしばらく息子の顔を見つめていたが、やがて溜め息をついて、ムスコーに椅子を勧めた。
「とりあえず、座れ。」
「・・・・・・は。」
渋々といった様子でムスコーはソファーに腰を下ろした。
「その話、どこで聞いた?」
ナァルフォードが処理の終わった書類を隅へと寄せながら尋ねた。
「それはサヨーデから。」
「なるほど。」
「自分がいればその場で殴って拘束していたと。」
「で、あるか・・・・・・。」
ナァルフォードは再び嘆息した。サヨーデにしても他の配下にしても何故だか自分を非常に崇拝している。
今回のことにしても悪いのはノママーニではない。
「それで、どうするのですか?」
「どうもせん。あやつは気に入った。この事は不問だ。」
「なんと!国王がそのような例外をとれば、必ずや後に続くものが現れてしまいます!!」
ナァルフォードの言葉にムスコーは机に身を乗り出した。
どうしたものか、とナァルフォードは考えて、ふと名案とも言えるものを思いついた。
「だがあやつのような男は他にはいないと余は思う。」
「父上がそれ程までに入れ込む男ですか・・・・・・。」
ムスコーは嫉妬よりも先に、恐ろしさを感じた。賢王と世に名高い自分の父親が、規則や法律を曲げても守ろうとしている男がいるのだ。
一体どれほどの傑物なのだろうと息を呑み込んだ。
だが、ナァルフォードは戦々恐々として真顔になっているムスコーを眺めながら不思議に思っていた。
(なんでこんな大事っぽくなっておるの?というか、ワシの息子、顔怖くね??)
(オーセ・ノママーニだったか。父上が守ろうとしている男、会ってみたい。そして叶う事ならそれほどの優秀な男、私の代で直属の配下として、欲しい!)
ここで二人の程度に大きな誤差が生じていた。方や暴言と言われてもさほどの内容では無いと思っているもの、暴言の内容や経緯を知らず、ただ国王が例外として配下を守ろうとしていると考えているもの。
当の本人はそんな事があったことも記憶の隅に置き忘れているのだが、この二人がそんなことを知るはずもなく、ノママーニの知らないところで事態は変化していった。
ムスコーが、探るように両手を所在なさげにもてあそんだ。
「・・・・・・一度私も会って見ても、宜しいでしょうか。」
かかった、ナァルフォードは内心でほくそ笑んだ。
「急にそなたが呼び出しても驚くだけだろうやめておけ。」
今はまだ針を突いている状態だ。完全に咥え込んでから引き上げようと、ナァルフォードは時を見計らっていた。
「ですが、いえ、正直に申し上げます。父上が守ろうとする程の男、私も欲しい。」
「ほほう、だがそなたは暴言を許容出来ないのであろう?であるならば、かの男は無用なはず。」
獲物をじっくりと手繰り寄せるようにナァルフォードの目が細まった。
だが考えを巡らせているムスコーにはその表情は見られなかった。
「暴言の話はなかったことにしましょう。ですが、やはり彼とは会ってみたい。」
いまだっ、とばかりにムスコーに近づくナァルフォード。彼の思惑でいつの間にかノママーニと合わせる事が主題になっていることにムスコーは気が付かない。そして、ムスコーは近づいてきたナァルフォードの方を力強く見据えた。
「それで、会ってどうするのだ?」
片眉を上げてナァルフォードがムスコーに問いかけた。
ムスコーはナァルフォードの手のひらですっかり転がされていた。今や暴言云々は頭になく、優秀な部下を手に入れられるかどうかというところに全神経を向けていた。
そして、その結果彼はナァルフォードの雰囲気が変わり、執務室に誰かが入ってこようとしていることに気が付かなかった。
「会って、話をします。」
入ってきたのはサヨーデだった。ナァルフォードに会釈をすると、持ってきた書類を机に置こうとこちらに近づいて来た。
「話をして、彼にうちに来てもらいます!私は・・・・・・私はノママーニが欲しい!!!」
書類の束が地面にバサバサと落とされた音が執務室に響き渡った。
ムスコーが驚き音の方を振り返ると、こちらも同じく驚きの表情を浮かべて固まっているサヨーデがいた。
ムスコーはサヨーデだと分かると、ほっとしたように胸を撫で下ろした。
「なんだ、サヨーデか。驚かすな。」
「はっ、申し訳ございません。」
サヨーデは慌てて頭を下げるが、チラチラと気まずそうに瞳を動かしている。
「サヨーデ、どうした?何か変だぞ?」
「あ、いえ、殿下と陛下のお話が耳に入ったもので、その、ノママーニ卿の・・・・・・。」
歯切れ悪く答えるサヨーデに、ムスコーは大きく頷いた。
その顔は覇気に溢れて、生気に満ちていた。
「聞いていたなら話は早い。ノママーニ卿と会う日を段取りしてくれ。何としてでも、欲しいんだ。」
「へっ!?いえ、そのお気持ちが強いのはいいのですが、人の心はわかりません。段階というものを踏まないと。」
「何を言っている?招くのに段階など不要だろう?金なら今の給金より多く出す。勿論予算もな。」
「いえ、お金の問題でもないかと。相手のお気持ちも考えないことには・・・・・・ですがそこまで殿下がお思いでしたら不肖サヨーデ、力を尽くしましょう。」
「うむ、頼んだぞ!」
「はっ、ですがそれとは別で、きちんと世継ぎをつくることの出来る者も、お選びくださいませ。」
「なんのことだ、子供は関係ないだろう。」
「そこまでお思いということですか・・・・・・。」
「とにかく頼んだ!早急に動いてくれ。」
愕然とした表情を崩さないサヨーデはムスコーに頭を下げると、書類を拾ってナァルフォードの机に乗せた。
いつもならナァルフォードと軽く会話をするのだが、受けた衝撃の大きさからか、何も答えず、執務室から立ち去った。
「父上、サヨーデの力なら間違いありません。私の部下に致します。・・・・・・父上??」
満足そうに言葉を溢したムスコーはナァルフォードを呼んだ。だが反応のないことに訝しみ、彼の方を振り向いた。
ナァルフォードはふるふると身体を震わせていた。震えというよりは何かを堪えているようだった。
「父上??」
だがムスコーの再度の呼びかけでとはや我慢出来なくなったのだろう。
大量の空気を含んだ息を吹き出すと、そのまま爆笑し始めた。
唖然としているムスコーを気にもとめずに笑い続けるナァルフォードにムスコーは思わず詰め寄り話しかけた。
「父上!!何が面白いのです。私ではうまくいかないとお考えですか!」
自分が嗤われているのだ、とそう感じたムスコーは怒りから顔を赤く染め上げた。
尚も言い募ろうと口を開くが、ナァルフォードによって肩を何度も叩かれてとめてしまった。
「ぶはっ、いや、すまぬ。ムスコー、ぐふっ、違う、ぶふっ、違うんだ。」
「何が違うんですか!現に笑っておられるではないですか!」
もはやムスコーの顔を赤を通り越してドス黒くなりつつあった。それは怒りと羞恥、どちらによるものかは本人にしかわからない。
ナァルフォードも流石に不味いと思ったのだろう、息を整えるとムスコーの肩を手で撫でた。
「余が笑ったのはそなたではない。サヨーデの勘違いに笑ったのだ。」
「勘違い?」
「そなたのサヨーデが来た時に言った言葉とサヨーデとのやりとりを思い返してみよ。」
ナァルフォードは話しているうちにまた思い出したのか、ぴくぴくと口元を震わせた。
ムスコーは言われて、自分の発言とやりとりを反芻する。
「私は確か・・・・・・ああ!!!違うっ!!」
ムスコーは自分の失態に気づいた瞬間に、赤くなっていた顔を一転、青褪めさせた。
「気付いたようだな。サヨーデを止めるなら早い方がいい。一体どんな文言で誘いをかけるかわからんからな。」
くっくっ、と喉を鳴らしナァルフォードは笑った。
「はっ、そうします。ですが、父上、この話はこれで終わりではありませんからね!」
「わかったわかった。跡取りが男色家だと噂される前に早く行きなさい。」
「失礼します!」
挨拶もそこそこにムスコーは執務室を飛び出していった。
ムスコーの背中を見送り、ナァルフォードは溜め息をついた。
「落ち着きのない奴だ。」
ナァルフォードは席に着く、書類を手に取った。仕事をする気はもはや失せていたが、さりとて放置するわけにもいかない。
鈍い動きでサヨーデの持って来た書類に目を通していくのだった。
後日、ノママーニの元に薔薇の封筒に美辞麗句と共に記されたムスコーからの自宅への招待状が届いた。
そしてその直後に、同じくムスコーより王宮への召喚状が届く。
受け取ったノママーニは訳が分からず、しばらく頭を悩ませたのだった。
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