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買い物は楽しいけれど疲れるね

 6時までに車を帰さなきゃいけないけれど、まだ時間はある。

新しい部屋に入用な物を買いに行く。


 皿と鍋などの調理器具はあるが、箸とマグカップがない。

タオルはおばちゃんに「あんた、そんなの新しいとこに持っていくのかい?」と言われたので捨ててきた。箸も先が欠けていたのを使っていたので、この機会に捨てた。このおばちゃんには、靴下やパンツの替え時も指摘されていた。

Tシャツにパンツで夕飯を食べているときに、


「あんたは、何でも卒なくこなすし人望もあるし、スーツ着てりゃあビシッと格好いいのに、伸びて薄くなったパンツとか履いていて、何だかちぐはぐな人だねぇ」


 と後ろからTシャツの首を引かれて言われた。

なんだかんだと言って世話を焼いてくれる人だった。

恵まれていたんだなぁ。一人暮らしだとしても完全な独りではない。

ドアを開ければ仕事での繋がりの若者が居て、1階には夕飯を残すと体調を心配してくれる寮母さん。

ちなみに、靴下の穴の繕いやボタン付けはお手の物だ。男だって小学生の家庭科の時間は少しだけれどあったはずなのにな。

 あれは、出来ないんじゃなくて、やろうと思えないのだ。ボタン付けくらいの裁縫セットなんぞ百円均一の店で売っているだろうが。

 以前、後輩が食堂でおばちゃんに「すぐにYシャツの外れたボタン付けてくれ」って騒いでいたので、叱ったのを思い出した。おばちゃんは食事を作るのが仕事で俺たちの雑用係じゃないっつうの。

 結局、俺がボタンをつけてやって、なんとかなったが。

「お母ちゃんに、何でもやってもらったんだな。おばちゃんは、お前の母ちゃんのじゃないから。ついでに次は俺はやらないから」

って釘を刺しておいた。

 おばちゃんからは礼を言われたが、そんなのは当たり前だろうに。


 ああ、そうだ。

車を帰しに行く前におばちゃんに何かプレゼントしようかな。


 駅ビルの手前の駐車場に車を置いて、自分の買物に、元の職場への挨拶の手土産と、車を貸してもらったお礼と、おばちゃんへのお礼と……

 沢山買い物あるな。急がないと。

 駅ビルの上からバスタオル2枚にフェイスタオル5枚。ベットシーツ。箸に青い陶器のマグカップを購入。

 お風呂用品も付いていたなぁ。シャンプー、石鹸あるし。ボディータオルなどは自分のものがある。

スリッパくらいは買っておくか。俺は裸足派だけれど、あるか分からない来客のためだ。革製のスリッパを2足。


 引っ越しなのに新居で買う物少ねぇなぁ。

鍋もあるし。炊飯器もある。米はないけれど、それは明日にでもスーパーに行くか。

 ああ、そうだ。おばちゃんにはどうしようか。

ちょっとマグカップを見ていて、同じような柄のエプロンをしていのを思い出す。マリメッコだった。赤い花のマグカップをプレゼント用に包んでもらう。


 1階降りて、紳士服売り場で下着と靴下を購入。

 そのまま降りて1階で思い立って、化粧品屋かな?ロクシタンでバラのハンドクリームを2個買う。

 地下で、皆で摘まめる個別包装の菓子を探し、探し疲れて老舗の最中もなかとなる。

 期間限定のドコドコのお店のナンタラが。とかエスカレーター横や前のポスターで見たけれど、売り切れや、こんなに小っちゃいのにこの値段!とか、並びたくないです。とか。

いや、女の子には、そんなのが好まれるんだろうけれど、俺は疲れちゃったのよ。

 ついでに、車を貸してくれた上司にはちょっと良いプリン。家族分の4つ。

おし。こんなもんか。


 マンションに戻って荷物を置いて、ガソリンスタンド寄って満タンにして、急いで会社に行く。

会社に着いて一応正面玄関から入り、受付に社内に挨拶をさせて欲しいと伝えるが、笑って


「なに言っているんですか。さっさと行ってきてくださいよー」


 と顔パス。

セキュリティー的にどうしたもんかと思う。


「一応解雇された側としては、何か腹に持っていてもおかしくはないのだと思うよ?」


 などと言っても


「はいはい。終わったら、こちらにもまた顔を出してくださいね~」


 と追いやられた。

美人さんで人あしらいが巧いが、俺には少々雑な気がするのは被害妄想か。


「最中を持って来たんだ。良かったら食べてね」


と紙袋を上げると、飛び切りの笑顔で


「はい。ありがとうございます」


 と言われて、やっぱりデパ地下に行ったのだから、もう少し可愛いものを買い求めるべきだったかと少し後悔。


 受付を過ぎてパーテーションのすぐ裏が社員たちが居る。

声が聞こえていたのか何人かが立ち上がって俺を迎えてくれた。座っているのも手を振ってくれている。有難い光景だな。と思う。


「どうも。お仕事中に失礼いたします。ご挨拶にお伺いいたしました」


「よう。寮が無くなるなぁ。新しい住処は見つかったか?ああ、みんな。急用が無ければ15分の休憩を取ろう」


 部長の言葉に小さくも歓声が上がる。

俺の周りに人が寄ってくる。電話をしている人は手を振っている。部屋の奥からも来てくれている。ほとんどオッサンだな。でも、そんな年上の人たちに俺は大事にされていたんだ。

 この面々には最中で丁度いいだろう。血糖値とかは、考えないでおこう。


「あの、良かったら皆さんで召し上がってください。あ、お茶は女の子に入れさせないで自分で入れるか、自販機で買ってくださいねー。って、もうお茶入れてくれたんだ。

いつもありがとうございます。伊藤さん」


「気にしないでください。でも、そう言ってもらえるのは凄く嬉しいです」


 伊藤さんが笑顔で応えてくれた。

うんうん。彼女は率先して動いてくれるんだよねー。それが良いところだけれど、この旧社会然としたオッサン達を増長しちゃうからなー。


「そういえば、柏木もよく茶を入れてくれたな」


「まあ、女の子からのお茶の方が嬉しいけれど、お前さんの茶も旨かったぞ」


「何入れてもらって当たり前な顔しているんですか。これからは人数少なくなって、伊藤さんだって仕事増えるんだから、お客さんが来たら他の部署の人がお茶を入れる必要があるんですからね。男も茶を入れる時代で、入れなきゃいけない人数です!」


「いやいや」とか「それはちょっとなー」とか、なんだか言い訳?やらない宣言?男はってやつ?をモゴモゴ言っているオヤジども。


「じゃあ、自分の会議で3回お茶を入れてもらった人は、入れてくれた人の会議の時に事務員用のスカート履いてお茶入れるってどうです?お客さんにもウケるし覚えてもらえると思います。

確か、サイズ間違えて届いて返品し忘れた2XLまあ、ウエスト100センチくらいのスカートがありますから明日からでも出来ますよ♪」


 なんて言ったらオッサンどもの阿鼻叫喚が起こった。

でも、「人が居なくなる」ってことを考えて欲しい。


「俺も若いのも居なくなるんですから、雑用っていう大事な仕事も丸投げにしないで、ちゃんと皆で出来るようにしてもらえると、安心するんですがね。

まあ、なんていうか、父親独り残して家を出る青年な気分なんですよ。なぜか仕事以外は出来ない親父が多すぎるんですけれど」


 ちょっと、しんみりと言ってみたら案の定、困った顔をしながらも考えてくれているようだ。


「そうですね」


 杉本さんが声を上げた。


「スカートは履きたくないので、伊藤さんに仕事以外の雑務の内容を聞いて私がファイルを作り全員に配り当番制にしましょう」


「それは、俺らの仕事になるのか?」


 柳部長が不服そうだ。お茶なんて家でも入れたことがないかも知れない昭和の男って感じだもんな。


「ええ。今までお茶を入れたり、朝の掃除をしてくれていた若者を押しのけて我々が残ったんですから。この会社は残ったものが等しく力を出して維持しなければならないのです」


「安心しました。杉本係長も人を引っ張れる力が付いてきましたね」


「やめてくださいよ。でも、確かに当たり前に伊藤さんに雑務を押し付けていましたね。お茶の入れ方や掃除の手順などをミーティングで一度伊藤さんに講師として教えてもらって、やっていきます。柏木さん。安心してください」


「たまりませんねぇ、この頼れる男感が!今ならモテますよ」


「やめてください。昇進して喜んでいる妻の耳に入ったら怖いです」


 照れて手を振る。

うん。本当に安心をした。この会社はまだ持つだろう。

社長さん。俺たちを切って正解だったよ。残ったオッサン達が俺たちの分まで頑張ろうって思っている。


「あ、柳部長。車をありがとうございました。とても助かりました。これは、ご家族と召し上がってください」


「お、おう。引っ越しは無事に済んだか。部屋も決めていたんだな。保証人とか大丈夫か?」


「はい。何事もなく終えることが出来ました。本当にありがとうございます」


事故物件とか言うまい。無駄な心配はさせないに限る。


「伊藤さん。良いかな」


「はい」


 小柄な伊藤さんは眼鏡でボブで化粧も薄いので、とても幼く見える。

気に入ってくれるかな?


「今まで仕事以外の細かい雑務を率先してやってくれて、ありがとう。これ、ハンドクリームね。匂いが良かったから使ってみて」


「いえ。柏木さんがいつも手伝ってくださったので、苦ではありませんでした。あ。ロクシタンですね。憧れのブランドなんです。ありがとうございます」


 そうなんだ。良かった。知らないけれど匂いで選んで正解だった。


「好きなのだったら良かった。あと、同じのを受け付けの宮寺さんにも用意している。二人で同じ匂いになっちゃうね」


「いえ。大事な時にしか使いませんので」


「いやいや、そこはちゃんと使ってよ。使用期限とかあるだろうし」


伊藤さんは、顔を赤らめてうつむきながら「はい」って小さい声で言った。


うんうん。良かった。


「では、皆さんお世話になりました。俺は適当にゆっくりしてから仕事を探しますので、その際は再度ご報告に参ります。今日はお時間を頂き、ありがとうございました」


 深く頭を下げた。

声がない。不思議に思って頭を上げると、皆神妙な顔をしていた。


「良い知らせが出来ると思いますが、それまで、この会社を失くさないでくださいね」


 ニヤリというと、ちょっと皆の顔がほぐれて苦笑いになった。


「ああ。わざわざ来てくれて、こちらも嬉しかったよ。落ち着いたら飲めるといいな」


 柳部長が言ってくれる。


「はい。では、失礼いたします」


 軽く頭を下げて出て行く。ああ、皆、立って俺のところまで来てくれていたんだ。

来た時には電話をしていた人も、細かい作業していますって人もいたのに。


 この会社を嫌いにならずに済んだ。

これは奇跡だな。解雇される会社を憎むことなく、上司から呑みに誘われるとは。


 良いことだ。良いことだ。


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