他人が怖がると自分は余り怖くない。
「どうでしょう?」
小林さんがドアを開けて聞いて来た。
「今、そこのドアに肩幅の広い人影がありました。嫌ですねぇ。深夜の2時以外もカウンター前以外にも出てくるじゃないですか」
小林さんがヒョッと息を飲む。
とととと、と小走りに俺の隣に並んだ。
「今、私が開けたドアですか?」
「そうですよ」
「見たんですか?」
「すりガラスなので影でしかありませんが、リビングに行っていた小林さん以外の肩幅の広い人影をね」
「もう、全部、見ましたよね!帰りましょうか」
俺の腕を取りグイグイ玄関へと行く。
「小林さん、鞄置いてきていますよ。それに、部屋の電気消さなきゃ」
「大丈夫です。今が大丈夫でないので、大丈夫です。部下に明日取りに行かせます」
「それって、パワハラになりますよ。俺が荷物と電気消してきますから」
「いえ、付いていきます」
「扉の横を通りますよ?」
「一人で待っている方が……怖いです」
「……はあ」
俺は、付き合いたての男女のようにピッタリとくっついて、再度部屋に入っていた。
ドア横には何もなし。
リビングのソファーから小林さんの鞄を取り、渡した。
その際に、カウンター前を見るも何も無し。
開いているドアを確認するも誰も居ない。
寝室の電気を消し、(小林さんが暗くなった寝室から飛び出してきた)リビングの電気も消した。そして、ととととと、と再度俺の隣に引っ付いて、一緒に廊下に出てドアを抜けた。
ドアを閉めてすりガラスの向こうを見るも、暗闇だけだった。
すりガラスを見ている俺を怖がる小林さんにせかされて、玄関を出た。
先に小林さんを出し、しばらくリビングのドアを見るが、期待した人影は出てこなかった。
「早く!もう良いでしょう」
「はいはい。今行きますよ」
出て玄関の扉が閉まるまで、俺は何かを、そうだな。顔をのぞかせるとか、手が出るとか、そんなホラー映画的なことを待ったが、そのまま扉は閉まっていった。
俺が出ると、小林さんが慌てるように鍵を掛けた。
「なに、ゆっくりしているんですか!出てきたらどうするんです‼」
「いえ、住んだら、結局はご対面なんですから。それに、そちらの物件なんですから、しっかりと思い出を共有しましょうよ」
「思い出を共有は、美人との楽しい思い出だけにしたいです。何が悲しくて事故物件で男同士で幽霊の想い出ですか!」
小林さんは眼鏡をクイッと指二本で上げた。
どうも、緊張している時の癖らしいな。
しかし、良い突っ込みをしてくれるので、こちらの恐怖も緩和してくれている。
そう。俺だって怖くはあったのだ。
思い出す。
最初、横を向いていたのは小林さんを見ていたのか。
キッチンのカウンターから離れているじゃないか。家の中は自由に動けると考えた方が良い。
そして、すりガラスの向こうで、横向きからそのまま俺に身体が向いた。
お互いすりガラス越しに見付けあったという事か。
ゾゾゾッ。
鳥肌が遅れてやってくる。
そうか、怖がってくれる人が居ると、意外に自分の恐怖心は薄れるものだな。
さて、これからこの感情をどう処理していこうか。
エレベーターで下まで降りて、車に乗る。 行きと同じ助手席だ。
小林さんは、無言。
俺も、色々考えて無言。
そんな5分も経たぬ頃に
「なんで無言なんですか!」
いきなり声を荒げる小林氏。
いや、わけわからんよ?
「なんです。いきなり。幽霊に出会ってしまったという感情をどう処理すれば良いのか迷っていたのに」
「なに、人並みな事言っているんです!ついさっきは、幽霊の横を通って電気を消すとか言うし、その前なんて、御遺体の在った場所に顔突き合わせているし!」
「小林さんも幽霊の横、通ってますよ?しかも、俺が人の影を見た時は横向きで、小林さんの方を見ていま……」
「ああああああああーーーーっ。聞こえません。私は聞こえません」
耳を塞いで大声を出すも。
「小林さんを」
「幽霊が」
「見ていましたよ」
「なーかま❤」
「あああ」の息の途切れる瞬間を狙って言いきれた俺は凄い。
「何が仲間ですか!」
「ちゃんと聞こえているんじゃないですか」
小林さんは大声を出したことで、気分がリフレッシュ出来たようだ。
羨ましい。俺はまだ気持ちの切り替えが出来ていないのに。
あの恐怖よ小林さんに戻れ。
俺は他人が怖がれば冷静でいられるのだ。




