一通目
これは実在の団体や人物、事件とは一切関わりの無いフィクションです。
拝啓 先生
この度は私などの話に付き合って頂き有り難うございます。
この手紙を読んでいらっしゃると云うことは私の死刑執行は後、数年と云うことなのでしょう。
私などの生い立ちに同情しお手紙を下さった先生に感謝しか御座いません。
また先生は私の犯した罪に興味がおありだそうですね。私の不始末の為に警察や検察の皆々様にお話を聞いて回り、尚且つ情状酌量の余地があると説得して下さっているのだとか。
お心を砕いて下さり恐縮では御座いますが警察の皆様の見解で相違ありません。
私は人を殺しました。
親子を惨殺しました。
世間一般の皆様に取っては何も罪も犯していていない二児の母親で有り家庭もある妻で有った女とその家族をこの手に掛けたのです。
私は猟奇殺人者ですが私にとってはあの女こそが化物です。
恨み憎み呪いそして殺したかった女、一人の為に私はその家族を殺しました。子供に罪は有りません。子供の顔すらあの日初めて見たのですから。あの女の夫は数回、顔を見ただけの間柄です。恨みなんて御座いません。
否、人間らしい理不尽な恨みを持っていたのかもしれません。あの女から発生したモノまでもが憎くて憎くて仕方が無かったのです。私の行った行為は理不尽で不条理な八つ当たりです。
だと云うのに刑務所に収用されて今も尚、自責の念が湧きません。あの女の胎から産まれた子供なぞ私には醜悪な肉塊にしか見えませんでしたから。
もし、あの女だけが事故で死んだら私が、あの女の子の胎から出た肉塊に金を払い、馬借のように働かされ余生を送らされておりました。それだけで私に取っては悪夢だったのです。
既にお分かりでしょう。私は非難され後ろ指をさされるに価するヒトデナシです。ですが、これで良いと思っております。
「復讐は何も生まない。君の心だって晴れやしない」と私の失ったモノと長年の苦痛を延々と語って聞かせようものなら、聞き手の方々や精神科医の先生までも途中でこの言葉を使って話を早々に切り上げました。
やはり人の怨み言など耳障りな事、この上無いのですから当たり前の事なのでしょう。
何か言葉を繋げようなら「それが貴女の今後にも良い」と私を思ってが故に今後一切、あの女の話をしてはいけないと忠告する方も居ました。
今思えばあの言葉は私の話を聞くに絶えなかった故の言葉でしょう。私の心配など何一つとして無かったと断言できます。
何故なら、あの女をこの手で殺した今、私の心はとても穏やかで、むしろ晴れ晴れとしています。
思い残すことなど有りません。
先生は私の事を人生を軽く考えでいる精神の幼い人物か、自分が悲劇のヒロインになって酔っているだけの人物に見えるのでしたら、それは仕方がない事かと存じます。
私は地獄の一丁目くらいなら何度かさ迷いましたが先生は地獄なんて縁もゆかりも無いところにいらっしゃるのですから。
痛みもなく飢えることもなく虐げられることもない、住む場所にも困らない。売れもしない体に普通じゃないと言われ続けた醜い顔とリストッカットの痛みで『自分は生きている。死ぬのはこれ以上痛いから、まだ生きていろ』と自分に言い聞かせ朝も夜もわからなくなる日々。全てが意味もなく怖くて泣き叫びそうな毎日に比べれば刑務所の生活はとても安定しております。
少し昔話を致しましょう。
先生はシンデレラをどうお思いですか?昔に読んだ漫画に乗っていた話なのですがシンデレラ程、容姿至上主義は類を見ないと云う内容です。
シンデレラが美女だったから王子様に一目惚れされたのだ。
もし王子様が継母に虐げられながらも仕事をしているシンデレラの姿に惚れたのならそれは真実の愛である。
また容姿が良くても性格に難のあるシンデレラの姉に王子様が「僕が君を変えてあげよう」根気よく寄り添う覚悟があるのならそれは真実の愛である。
ですが王子様はシンデレラが残した靴のサイズを元に街中の娘達から理想的な体型を持つシンデレラを探しました。
もしシンデレラの話に悪役を決めるとしたら誰なのでしょう。
美人なだけのシンデレラ?
シンデレラを虐めてた継母と義姉?
容姿しか見ない王子様?
これを私に例えるなればシンデレラがあの女、義姉は私、王子様は世論です。
ですが先生。長期間まともじゃない環境と常識で育った子供が将来、普通の一般的な感性を持った、まともな大人になる事はまず、あり得ません。
虐げられている環境で育ったシンデレラが本当に清く正しい性格であったなら、それは異常だと思いませんか?
本当にシンデレラが異常者ならシンデレラと一緒に生活していた義姉もまた、何かが歪められ阻害され続けていたのではないでしょうか。
京極夏彦の『魍魎の匣』に的を射た言葉が御座います「そこに鬼が一匹居れば、そこはもう地獄なのです」
余談ですが私はシンデレラは異常者ではなく原作のグリム童話以上に性格の悪い女だったと思っております。
敬具
これは吉祥寺一家惨殺事件の犯人からの手紙である。
最初に注意しておくと私は精神科の医師でも何でもない。ただのジャーナリストだ。今回の惨殺事件の取材として犯人にの返信にて先生と書かれていただけで専門的な知識は無いことを念頭に置いて頂きたい。
事件は2018年1月5日に早朝事件は起こった。
年始と云うこともあり近隣住人は留守の間の犯行だった。当時、有力な目撃情報も無かった。
死体は死後2~3日は立っており、第一発見者は年末年始の帰省から戻ったアパートの隣人であった。
悪臭が漂う事から管理会社に連絡。その後、殺された母子の遺体が確認された。
死体は母親と子供の男女二人のものとされた。子供は両者、急所を一突きで即死である。
母親は顔や腹を何度も刺された痕跡があり私怨に依るものだと断定された。父親は現在も行方不明。
犯人、仮に名前をSとしよう。
Sは母子殺害は認めているものの父親殺害に関しては否定。
Sの死刑執行が長引いているのは、この父親の殺人という余罪が着くかどうかの為である。
こんな感じで先生とSの会話は続きます。