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難病患者に対して、差別的発言をしようと思う

作者: とみた伊那

数年前、職場に潰瘍性大腸炎の病気を持った人がパートで働くようになった。仕事内容は銀行へ両替に行くとか、トイレットペーパーを買ってくるとか、シュレッダーかけとかの雑用だけ。午後からの半日勤務だが具合が悪ければ休んでもいい、という難病患者が社会復帰するためにはぴったりの内容だった。


その人をSさんと呼ぶことにする。


働き始めて最初の2か月。Sさんは時々具合が悪くなって早退することもあったが、それなりに働いていた。その後、そういう病気のサイクルなのか仕事がイヤになったのか、Sさんの潰瘍性大腸炎は悪化した。

仕事を休む日が多くなった。

出勤しても具合悪そうにぐったりしている事も増えた。

病気のことは初めから分かっていて、そういう契約だから仕方ない。仕事を休むことには誰も苦情を言わなかった。


やがてSさんは「こんなに休んでばかりいてはいけない」と、責任感が芽生えたのだろう。お腹が痛くなっても出勤時間の1時ぎりぎりまで我慢に我慢を重ね、それでも具合が悪くて1時5分過ぎに「すみません、お腹が痛くて行かれません」と、泣きながら電話をかけてくるようになった。

そのたびに上司は「無理しなくていいのよ。ゆっくり休んでね」と優しく電話に答え、その後に「Sさんが来られないから銀行に行ってきて」と、私に通帳を差し出した。


やがて責任感の強いSさんは、それにも罪悪感を持ったのだろう。どんなに具合が悪くても無理して出勤するようになった。頑張って出勤してタイムカードを押す。しかし腹痛のため、そのままタイムカードの前でお腹を抱えてうずくまる。一時間。その後、「このまま一生治らないかもしれない」とタイムカードの前で泣く。また一時間。そんなに広い職場ではない。いつまでもタイムカードの前にしゃがんでいられると、仕事で物を取りに行く時に邪魔になる。休む場所が無いのかと言えば、Sさんの家は職場の3軒隣なので、すぐに家に帰って休むことができる。そのたびに上司は「無理しないでいいのよ。辛かったら帰ったら」と優しく声をかける。そしてSさんはやっとタイムカードを押して帰る。

それと同時に上司は「Sさんが帰るから、代わりに銀行に行ってきて。銀行は3時までだから急いでね」と、私に通帳を差し出した。


結局Sさんは雑用係として雇われ、そのできなかった分の雑用は、全て私がやらされた。そして私が使いっ走りをしている時、残った人は「大丈夫」「無理しないでね」の優しい言葉をSさんにかけまくっていた。

自分の仕事の段取りをしているのに年中Sさんからの雑用が入ってくるので、私は二つ要求した。それは

『Sさんはどれだけ休んでも構わない。しかし私も仕事の段取りがあるので、休む時は当日の12時までに電話をして欲しい』

『Sさんの代わりの雑用は私だけでなく、皆が順番にするようにして欲しい』

というものだった。


その結果どうなったか。

何日かして、本社の部長から呼び出しがあった。私がSさんに対して冷たい態度をとっているので、もっと親切にしてあげなさいという内容だった。

部長は細かい事情は知らない。ただ『潰瘍性大腸炎』という難病の看板を持っている人には優しくしなければ。それができない冷たい人には注意しよう。自分は何て優しい人間なんだと、自己満足しているのだろう。


上司と同じ職場の人達は、毎回飽きることなく「痛いの、可哀そうに」「無理しないでね」とSさんに声をかける。私には、どうしても臭い芝居に見えて仕方ない。


そしてSさん。タイムカードの前で二時間座り込むならば、家に帰って横になって休めばいい。私には、Sさんがただ『可哀そうな自分』を演じている姿を誰かに見てもらいたいように見えてならない。本人はそれを自覚していないかもしれないが。

本当に病気で困っているとしても、それを言う相手は医者とかカウンセラー、又は無償で悩みを聞いてくれる友人だ。私はSさんとはそんな仲ではない。パートとして働きにきたのならば、やる事は三通り。

普通に働く。

体調が悪い日は、軽めの仕事で勘弁してもらう。

休む。

それがいつの間にか『病気のために働けない自分を、励ましたり慰めてもらったりしてもらう場所』に変わっているのではないだろうか。


可哀そうな病人と、そこに声をかけてあげる優しい人達。

そういう芝居にうまく参加できなかった自分は、いつの間にか難病の人に対して冷たい人間という悪者の役を与えられていた。

それならば演技力の無い私は、役だけでなく本当の悪者になった方が楽だろう。

病気を理由に仕事を放りだしたり、同情を利用して仕事の失敗を誤魔化したりする人間は大嫌いだ。


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