砕かれた鎖
ネロの問いかけにイムリスは気付いていないかのように、何の反応も見せずにいた。そんな中一人で焦りを見せるルブルスはネロにむけて感情を露にしながら叫んでいた。
「貴様やはり我が天使であるイムリス様を求めて生き返ったのだな!?させん、させんぞー!!」
「、、疑問は数あるが相変わらず人の話しを聞く気がないようだな?貴様を殺す前に三つだけは答えて欲しいのだが、何故イムリスがここにいるのだ?貴様は先程私の死後から20年が経ったと言っていたが何故イムリスは歳をとっていない?その足枷と鎖は何だ?」
「〔闇を捕らえる光りの矢となれ【フローアイ】!!〕」
ネロの問い掛けを聞こえていないかの様にルブルスは五本の光の矢をネロに放った。
「いい加減、我慢の限界だな!〔反転した世界を映せ【カウルロス】!〕」
ネロは自身の前に巨大な鏡を出現させた。その鏡の中に放たれた五本の矢が吸い込まれた直後、鏡からルブルスに向けて矢が飛び出した。ルブルスは自身の放った矢に射たれた瞬間体を貫通した矢から光の鎖が幾つも出現し、その身をぐるぐる巻きに拘束された。
「矢に射たれても痛みは無いようだが、これできちんと話しが出来るな?」
ネロは自身の魔法により身動きが出来なくなったルブルスにゆっくりとした足取りで近付いていった。
「何故私の放った魔法が解けない!?」
「無駄だ。その魔法の権限は私に変わった。つまり、貴様は今私の魔法により拘束されている事になるため、どんなに足掻こうとも私が解除しない限りその魔法は消えはしない。では一つ目の質問だ。何故ここにイムリスがいる?あの日貴様の魔法の矢によって死んだと思っていたが?」
「死に損ないの分際でこの私にこんな事をしてただで、、」
〈ザクッ〉
「!?ギィイヤァァァァァァァ!?!」
ルブルスが言葉を発した瞬間、ネロの双剣の一本が振り下ろされルブルスの片手が地面に落とされた。白い部屋の床に真っ赤な血溜まりが出来た頃ネロは再び質問を繰り返した。
「ここまで随分と我慢してきたが、貴様に対して私から同情の余地は無い。痛い思いをしたくなければ私の質問に答えてくれないか?何故、イムリスがここに居る?」
怒気を含むネロの言葉にルブルスは痛みからか涙を流しながら答えた。
「わ、我が天使イムリス様を一目見た時より、この方こそ、私が探していた女神様だと知った!だ、だから現国王より話しを聞いた時に名乗りを上げた私が矢を放ち、埋葬後に墓地より掘り出して禁術により蘇生した!それだけだ!」
「禁術だと?貴様、イムリスに何の禁術を使用した!?」
ルブルスの言葉に怒りを宿したネロは体から闇のオーラを放ちながら問い詰めた。
「ひっ!そ、それは、吸血鬼に変える魔法、儀式だ、、」
「何故貴様がその魔法を使える!?禁術は神官が定めた秘密の詠唱を知らなければ扱う事が出来ないはずだ!しかもその詠唱は王や権力者すら開示されず、神官しか知りえないのでは無いのか!?」
「そ、それは、、、、、、」
ルブルスに視線を向けるネロの背後から突然真っ赤な片手がその胸部を貫いた。ネロは自身の砕かれた胸部の骨の破片の向こうに、不敵な笑みを浮かべるルブルスの顔を見た。突然の出来事に理解が及ばないネロにルブルスが言葉を続けた。
「魔王と貴様等が亡き後、国王と我等で神官を皆殺しにした上で詠唱の記された禁書を手に入れたからだ!!その功績により私にはイムリス様と永劫の時を過ごす為の禁術を授かったのだ!!!」
ネロの足下から背後の方にまで広がったルブルスの流した血溜まりから現れた血で出来たルブルスの像がネロの胸部を貫いたまま微動だにせずにいた。
「、、なる程。イムリスがこの場所に年を取らずにいる理由は分かった。だが、新たな疑問が浮上したのだが、何故イムリスは感情が無いのだ?それに貴様も吸血鬼となったようだが、その老けた姿の説明も一緒に欲しいところなのだが?」
ネロの問いかけに自身を拘束していた光の鎖を垂れ流した血から形成した鎌により破壊した後、再び不敵笑みを浮かべながらルブルスは答えた。
「イムリス様は素直では無い為、何度も私から距離をあけようとなされた。だから幻惑魔法で少しばかり素直になっていただいたのだ!それとこの姿は公に出る私が流石にイムリス様と同様に年を取らない事を知られると厄介なため姿を変化させているのだ!もはやこの世界に勇者は要らない!まして死に損ないなんぞがイムリス様に触れるなんぞおこがましい!この場で二度目の死を迎えるがよい!!」
その瞬間、ネロを貫いていたルブルスの像の腕が爆散し、ネロの骨は辺りにバラバラに吹き飛んだ。そんな中、頭を地に落としたネロが高笑いをするルブルスの背後に横たわるイムリスに視線を向けた時、先程まで正面向いていた顔が此方に向いているのに気が付いた。そして未だ光を失った瞳から一筋の涙を流しながら無音で口を動かしていた。
「、、ネ、、、ロ、」
声が出ないのかその言葉は聞こえなかったが、ネロは口パクでイムリスが自身の名を呼んだ事を確信した。
「ん!?何故泣いておるのだ!?まさか奴が来たせいで幻惑魔法から抜け出ているのか!?」
背後のイムリスに目をやったルブルスはその変化に驚きを隠せずにいたがそんな中、バラバラになった自身の体が一ヶ所に集まるように元に戻ったネロは再びイムリスに幻惑魔法を使おうとするルブルスの背後から声をかけた。
「貴様をどの様に滅するか考えていたが、ようやく決まった!」
「なっ!まだ生きているのか!?この化け物が!!」
「確かに私は化け物となったが、貴様に言われる筋合いは無い。だが、吸血鬼となった貴様は銀でその心臓を潰すか、日光に当てる以外には殺す事は不可能のはずだが、違うか?」
「そうだ!この場所に日の光は入らず、さらには銀製の武器は貴様はもちろんこの屋敷には無いぞ!!どんな武器や魔法を使ってもこの身は自動的に再生し続ける!!」
「そうか。ならば、良かった!」
ルブルスの言葉にネロは自身の双剣を出現させた。
「〔永劫の氷の檻に閉ざせ【アーロックフォールン】!!〕」
ネロは片方の剣を地面に刺し詠唱した瞬間ルブルスは首から下にかけて氷の塊に覆われた。
「聞こえるか、ルブルス?その氷は貴様の体と同様に常に再生する。いかに砕こうが溶かそうが瞬時に再生を繰り返す。さらに氷の中の者も同様に継続的に凍らせようとする。言っている事が理解できるか?つまり、貴様がいかに再生しようとも、貴様ら吸血鬼の再生能力の元となる血液が全て凍った時、貴様は死を迎えると言う事だ。だが吸血鬼もまた再生能力があるため、凍死した箇所の再生が行われる。ならどうなるか?直ぐに死ぬ事はゆるされず、じわじわと体の端から壊死していくわけだ。」
「き、貴様ー!!!」
その後、ネロはイムリスの元に行き、足につけられた鎖を砕いた。イムリスの瞳には未だ光が失われたままだったが、その瞳から流れた涙の跡を拭いその痩せ細った体を抱き上げた。ネロはルブルスの脇をそのまま通り抜け、部屋の扉の前で立ち止まった。背後からルブルスの叫び声を聞きながら、ネロは振り向く事なくルブルスに呟いた。
「耳障りな貴様の声を聞くのもこれが最後だ。これまでイムリスを閉じ込めていた分には足りないが、苦痛の先で貴様には天使では無く悪魔が迎えにくるだろう。その時まで誰も助けに来ないこの空の部屋で一人苦痛を堪能するんだな、ルブルス!」
絶え間なく発せられるルブルスの憎しみに満ちた叫び声は、部屋の扉が閉まると同時に聞こえなくなった。