第六話 望まれている姿の件
ムシャクシャを庭の仕事にぶつけること数日。
昼食後、俺は執事長に話があると別室に呼ばれた。
なお、町に買い物に付き合ってくれたクォライドも一緒に。
指示通りの椅子に座る。
「ウィルター。改めて真面目な話をしたくてね」
と執事長は言った。
「きみを思っての時間にしたい。だからクォライドにも同席して貰う」
「はい」
雰囲気から、お嬢様付きから外されてしまうような俺についての話。
執事長もクォライドも俺をじっと見つめていた。
俺は執事長が話し出すのを待つ。
執事長が切り出した。
「お嬢様は、ご領主様、つまり私たちの主人の一人だ。そこは当然きみも理解している。以前にも言ったが、敬愛の念を抱く事は正しい事だ。だが、それ以上はいけない。・・・具体的に言おう。お嬢様に好意を抱くのは勝手だが、お嬢様と結婚など考えられない。なぜなら、ウィルター、きみは使用人だ。お嬢様とは身分が違う。そして」
執事長は俺を注意深く観察しながら話した。
「もしきみが使用人という身分でなかったとしても、きみとお嬢様は、腹違いの兄と妹だ。認められない」
「・・・でも」
俺は勝手に震えそうになる身体を抑えて、言った。
「俺が、勝手に好きなだけで、お嬢様に迷惑など」
「その想いは捨てなさい。良いか。・・・間違いが起こる元になるからだ」
間違い、と俺は執事長の言葉を繰り返した。
執事長が渋い顔をして見つめている。
黙っていたクォライドが口を開いた。
「・・・兄妹だ。恋愛感情など許されない。頭を冷やすんだ」
真剣な顔だったが、途中で空気を緩めようとしたらしい、苦笑した。
「まぁ、そうでなくても、大事な一人娘に、恋心を持っている若い男を、父親が傍に許すはずがない。よく考えてみろ」
俺の方に寄っての助言だと、クォライドの表情から思う。俺はその言葉を飲み込むように頷いた。
たしかに。
・・・確かに。
父親である領主様が、そんな男を傍に寄せたくない。使用人の礼儀知らずの小僧だ。
そして、本当は嘘だが、血を分けた隠し子。つまり、兄と妹。
危険視して当然だ。
確かに。
「だけど、ウィルターがお嬢様に惚れたのもまぁ、分かる。お嬢様はご容姿もお人柄もとても愛らしい御方だ。年頃の近いウィルターから見れば、衝撃を受けるほどだろう。気さくに話しかけてくださるしな。妹と認識する前に恋に落ちたのは仕方ない。男として同情するよ」
クォライドが労わるように俺に言った。
同情など真っ平だ。
反抗的に言い返したくなって口を開こうとしたのを、クォライドは手で俺を制した。
そして、チラ、と執事長を見やる。
執事長がコホン、と一つ咳払いをした。
なんだ。
「お嬢様は、お前が腹違いの兄だと、ご存じなかった。それを知って酷くショックを受けておられる」
・・・え。
動揺する。
嫌だ。まさか。俺の事を嫌いになった?
「そちらは他も全力でフォローするところだ。さてここからが本題だ。ウィルター、私たちは、きみに、なってもらいたい姿というものがある」
執事長の言葉に、救いを探すような気分になる。
「得難い唯一の使用人、というものだ」
「えがたい、ゆいいつの、使用人・・・」
「そう。これができるかどうかで、きみの将来は変わる。きみが正しい敬愛の念を持ち、お嬢様に貴族の最高の幸せを心から望み、見守り尽くせるかどうか。それができるなら、また戻れる可能性がある。むしろそうなって欲しいと我々は期待している。旦那様もだ」
戻れる可能性、という単語に縋るような気分になる。
「具体的に、どう、どういうことなんですか」
立ち上がって問い詰めたくなる。『答え』をもっとはっきりとさせて欲しい。
「血の分けた妹君を、大事に思う。誰よりも。兄として妹の幸福をただ願う。その気持ちでお仕えする事だ。きみの生みの母親が誰なのか忘れてはいけない。ウィルター。身分をわきまえなければならない」
「はい」
俺の必死の頷きに、執事長とクォライドはどうやら驚いたらしかった。これほどすぐ受け入れると思っていなかったのだ。
本当に俺に貴族の血が流れていたら話は違ったのかもしれない。
だがそもそも流れていない。身分はわきまえて当然だ。
「つまり、兄、として、使用人、として、お嬢様の幸せを願う使用人であれば、良いという事ですか。そうしたら」
「落ち着きなさい。良いか。お嬢様の幸せには多くのものが含まれる。お嬢様は由緒正しい方といずれ結婚される。それを、正しく見守ることができるのか?」
驚きに染まった俺の感情を、執事長たちは見つめていた。見抜こうとしていた。
だけど俺はすぐに泣きそうになった。
好きだ、そうだ。だけど叶わない。
だけど、叶うものじゃない。ただ浮かれていただけだ。
浮かれるのさえいけない、なぜなら給金を貰い仕える使用人であり、俺はお嬢様の腹違いの兄だ。
恋心は失われるべきだ。または、失ったように隠して見えないところに、そして兄として妹の幸せを、家族として、使用人として、純粋に願いつくすべき。
「俺は」
勝手に涙が出てきた。慌てて袖で拭った。
失恋で泣くなんて思わなかった。
俺は泣きながら恥ずかしくて強がってみせた。
「違います、これ、大丈夫です、分かってます」
「あぁ、そうとも」
と執事長が相槌をうつように言った。
「俺、純粋に、お嬢様の幸せを願う使用人になったら、そうしたら特別になれるんですか」
「あぁ。そうとも」
執事長が言い聞かせるように言った。
「具体的に話そうじゃないか。ウィルター。お嬢様の傍に、決してお嬢様の恋人にはなりえない、真剣に尽くす、身内のような使用人。そのような者に、なってもらいたい。血を分けたきみならできる。そのうちきみも冷静になる。兄として妹を陰から支えて欲しい。その形になるなら理想だと、旦那様も認めてくださっている。そして、そのようになると、お嬢様が願っておられる。ウィルター、きみはそのような特別な使用人になる事を、望まれているんだ」
「なります」
俺はまだ涙をぬぐいながら、強がって笑った。
「なります。支えます。お嬢様が、ご結婚しても、兄ですし、使用人だし、それに俺なんて、そもそも勝手に、失恋しただけだし、大丈夫、なります」
「あぁ。期待しているよ、ウィルター」
執事長が俺の両肩を叩いた。励ましだ。
「初めはきっと気まずい思いをするだろうが、ケンカをしたわけじゃない、兄と妹なんだ、また仲良く戻れるさ」
とクォライドも俺を力づけようとした。
こうして、翌々日。
俺は、お嬢様付きの使用人に復帰することになった。