第五話 離された件
「ねえねえ、ウィルター」
「はい、お嬢様」
お嬢様づきの使用人として、お部屋に赴き、話し相手になったり遊び相手になったり。
お嬢様はいつも嬉しそうに俺に話しかけ、俺もゆるんだ顔で返答する。
そんな数日の後、俺は急に執事長から普段と違う指示を出された。
「ウィルター。お前は今日からしばらく、庭の手伝いに戻りなさい。これは命令だ」
「え」
一瞬信じられないと思ったが、ハッと正気に戻ってすぐに確認しようとした。
「どうしてですか。俺、何かしましたか」
「・・・理由は改めて話をする。とにかく指示に従うんだ」
「お嬢様の指示ですか」
「ウィルター」
執事長は俺をじっと厳しい目で眺めてから、ため息を一つ零して見せた。
「使用人というものは、仕える主人のために行動する。主人は使用人に給金でそれに報いる」
「・・・」
難しい話でごまかそうというのだろうか。
「主人に親愛の念を抱くのは正しい。だがそれ以上は不適切だ。少し頭を冷やしなさい。私の説明は以上だよ」
俺は言葉を失い、執事長を見つめた。
お嬢様に好意を持っている、それが不適切だと見なされた。それが理由だと理解した。
しかし。だからって、俺はお嬢様に迷惑をかけたりしていない。
「庭に行きなさい」
「・・・はい」
返事をして、なんとか自分の感情を飲み込む。
***
もうお嬢様のお傍には行けないんだろうか。
茫然としながら庭師の手伝いに入った。
力仕事だ。畑のようにしてある場所から土を運ぶ。
庭師アレクに声をかけられ、食堂に一度戻って昼食をとり、また庭に戻ってその作業を一通り。
移動途中で他の使用人と会ったけれど、皆が俺に気まずそうに思えるのは、自意識過剰か。
そして落ち込んできて滅入っていく中、もう夕食だ。
食堂に入った途端、急に静かになった。皆が俺の姿に口を閉じたからだ。
なんだよ俺のこと話してたのかよ。
暗い気持ちで椅子に座る。
「元気だしなさいよ」
と困ったように一人が言った。
「そうだな」
とまた一人が言った。
答えようがない。
食堂が再び気まずい雰囲気に包まれた。
だけど、こちらはどう相談して良いのか分からない。
庭師アレクがいるところで、『庭は嫌だ、お嬢様つきに戻りたい』と訴えるのは不躾だ。
夕食を腹にかきこんだ。あっという間に食べ終わる。
「俺、先に部屋に帰る」
「あぁ」
ボスの庭師アレクに声をかけて立ち上がる。
庭の手伝いの場合、夜は暗いのと朝が早いのでここで仕事は終わりだからだ。
俺に声をかけるのをためらっている皆を残し、食堂を出た。
部屋に戻ったものの、じっとそこにいることが難しかった。
頭を掻きむしったり立ったり座ったり壁に頭を打ち付けたりとにかく何か動き回った。
暴れていたのが分かったのか、数人が俺の部屋をノックして、菓子だったり酒だったりを差し入れてくれた。
断るのが面倒だったというのもあって、有難く全て受け取った。
そしてすぐに、全部を食べた。
***
駄目だ。
もうお嬢様付きには戻れないんだ。
庭の手伝いに戻って5日目。
俺は絶望に打ちひしがれていた。やっと状況を飲み込んだと言って良い。
「アレク。聞いてくれよ。俺、お嬢様にもう会ってもらえないんだろうか」
「・・・」
庭師のアレクは俺をじっと見てから、少し待て、と手のジェスチャーのみで指示を出し、倉庫に行った。
慰めに秘蔵の酒でも持って来てくれるんだろうか、とそんな期待をした俺のところに戻って来たアレクの片手には大きなスコップが握られていた。
「丁度いい。穴を掘れ」
「ちょうど? 穴は掘るけど」
「ついてこい」
「・・・」
庭師アレクは俺を建物の影に連れて行き、
「ここに陰に強く日に弱い木を植える事になった。とりあえず、腰までの深さの穴を10掘ってくれ」
と力仕事を俺に命じた。
「10? うん・・・分かった」
「頼んだ。ここの土は硬い。力込めてな」
「・・・」
庭師アレクは俺を残して去っていった。
なんだよ。相談しようと思ったら取り残されたぞ。
仕方なく黙々と作業をした。
アレクって冷たいのか? 冷たいよな。
俺は別に、庭師の仕事に文句があるわけじゃない。それは誤解だ。アレクは誤解してるのか? でも機嫌を損ねているわけじゃなかった気がする。
あぁ、お嬢様に会いたい。全然会ってない。あの笑顔を見たい。声が聞きたい。声かけて欲しい。
大体、俺がお嬢様が好きで何が悪い? 関係ないだろう。お嬢様だって俺を気に入ってくれていたはずだ。
お嬢様が嫌がる事したってなら話は別だ、だけどそんな事してないだろう!
なんでだよ。
ムシャクシャしてきて、全力をスコップに込めた。
クソ! アレク分かってたな! 確かにぴったりの仕事だなコレ!
土が硬い。
指示通りの仕事が終わった時には、俺は汗と土まみれになっていた。
仕事後に全身洗い流した。疲れ切っていて、悶々と考える間もなく、あっという間に眠っていた。