第三話 初給金が素敵な件
お嬢様が嬉しそうに俺に椅子を勧め、俺はその通りに座り、執事長とキツイ女にはそれとなく厳しい目つきで怒られながらも、お嬢様の勧めのままに紅茶を飲んだ。
ちなみに、味はよく分からなかった。
条件反射のように、
「美味しいです」
を繰り返した。
そんな俺にお嬢様はニコニコしていた。天使だ天使だ天使だ、と俺は何度も昇天しそうになった。
後で執事長に言われたが、だらしない犬のようなゆるんだ面をさらしていたらしい。
あんたもう枯れてるからそんなシケた事が人に言えるんだよ、と内心で悪態をついたことは秘密である。
一方で、お嬢様はこの一件で俺を特別に気に入った。
俺の容姿は、お嬢様の好みだったらしい。
幼少時から特に女性に可愛がられることが多かったが、俺は自分の容姿に感謝した。隠し子設定で俺は腹違いの兄なのに、しかも嘘なのに、なんてのは軽くこの時どうでも良かった。
色んな意味で心配されながらも、皆がお嬢様に甘かった。
普通ならご領主様や奥様が止めるのでは。そう後で振り返って思ったが、ご両親ともお嬢様には激甘だった。
つまり、お嬢様に嫌われたくない皆は、お嬢様の願いを止めなかった。
加えて、使用人の身を受け入れ切っている俺の態度は本物で含みが無い。
それに、俺、ことウィルターは、旦那様の血を引く、唯一の男児。なのに、この待遇で良いのだろうか。
せめてお嬢様の使用人として勤めさせてあげた方が良いのではないか。
という、皆の密かな複雑な心情も、実は混じっていったのかもしれない。
そう、つまり、俺はお嬢様に指名されて、お嬢様付きの使用人の一人になった。
そして、お嬢様は、いつも俺を誘う。
「ウィルター、遊びましょうよ」
花見に、散歩に。
ただ、お嬢様の愛らしさをもってしても、人形遊びは俺にはキツかった。
それをつい他の付き人に漏らしたら、いつの間にかお人形遊びは、俺は免除してもらえるようになった。
そこも含めて、お嬢様、最高だな。
と思っていた俺に、さらなる幸運が舞い降りた。
給金がきちんと出たのだ。
初めの3ヶ月は小遣いだった。その時は衣食住の環境にあるのでそういうものだと思っていた。
まさか、こんなに給料をもらえるなんて知らなかった。
ちなみにあの母親は稼いだ金を自分のために使っていた。
俺も俺で働いていたけど、こんな額を貰ったことはない。
恐らく第三者から見ても俺は感動に震えていたのだろう。
「良かったな」
と気さくに話せるようなった使用人仲間から声をかけてもらったほど。
「どう使うつもりだ」
と執事長は俺に確認してきた。
「え、いや、別に困ってないけど、でも」
チラッと母の事が思い浮かんだが、慌てて脳裏から消した。だけど表情が暗くなったらしく、執事長は察したらしい。
「・・・話しておかなくてはならない」
俺と別室に移動して、執事長は話した。
「ウィルター、きみは今暮らしに問題はないか」
「はい」
「きみの生みの母親の事を伝えなければならない。覚悟して欲しい」
「まさか、死んだんですか」
「いや、違うよ」
ほっとした。
「・・・きみがこの屋敷に来てからすぐ、恋人と他所に行ったそうだ」
え。
俺は執事長を見上げた。
「旦那様は、生活費を払い続けておられた。きみを引き取る時、生活費は止める代わりに、最後としてまとまった金額を渡した。恋人と一緒なのだから、それなりの生活を送れるだろう。きみがその後を調べるかはきみ次第だ」
「・・・」
俺は俯いた。
「ウィルター、きみが今何を思っているか教えてもらいたい」
「分かりません。・・・」
俺は黙ってしまった。
沈黙が降りた。
「俺は、金づるだったんだ」
とポツリと零した。
執事長は俺の肩をポン、と叩いた。
励ますように。
そして移動に歩き始めた。
「話を変えよう。きみは金を、何に使うつもりだ?」
「特に・・・」
「記念に何か良いものを買ってはどうだ。次のきみの休暇、近くの町に出てくると良い。・・・クォライドも同じ日に休暇を出していた、どうだろう、揃って買い物に出かけてみるのは」
「クォライドと?」
「彼はああ見えて世話好きでね。町の案内もしてもらうと良いだろう」
「はい」
***
クォライドは、俺の家に、俺を迎えに来た一人だ。つまり執事長からの信頼が厚い一人。
俺が声をかけると、すんなりと了承してくれた。
「えー、良いなぁ。私も行きたーい」
と拗ねるお嬢様を宥めつつ、俺とクォライドは休日に町に揃って買い物に出た。
町は俺の育った町よりも大きくて活気に溢れていて、物も多く揃っていた。
俺は舞い上がった。
つい全てを買いそうになって、クォライドに苦笑しながら止められた。たぶん、これを見越して執事長は俺に誰かをつけたのだ。
「バラバラと目につくものを買うなど勿体ないぞ。きみは本当に欲しいものを考える時間が必要だな」
「そう言っても、全部欲しくなる」
オススメの料理屋で好きな暖かい料理を食べながら俺は訴える。
「落ち着けよ」
クォライドの目が俺を微笑ましく見守るものになっているが、気にしないことにした。
「今回は、欲しいものを探すのでも良いかもしれないな」
「クォライドは何を買った? 一番初めだ」
クォライドは苦笑した。
それから、少し身を乗り出して声を潜めて、こそりと教えた。
「恋人への贈り物だ。高かった。ペンダントだ」
「恋人がいるのか」
「あぁ」
嬉しそうに姿勢を戻すクォライドに、俺はお嬢様の事を考えた。
「お土産を頼まれていたのでは」
とクォライドがまるで見透かすように指摘した。
「お菓子が良いと言われた」
「誰に」
「マリアとジュディアたち」
お嬢様づきの使用人仲間だ。
「あぁ。お裾分けもあるからな。確かにそれが良いかもな。さてきみは? 例えば時計や財布を記念に買うのも多い」
「財布かぁ」
良いかもしれない。
これからも給金は入り続ける。パンパンに膨らんで行く財布。夢のようだ。
「または、本当に欲しいものが出てきた時まで取っておく。出納係に預けるんだ。このタイプも多いな」
「ふぅん」
じゃあとりあえず、落ち着くべきか。舞い上がっているのは自覚している。
結局、お嬢様のためにお菓子を買って、自分も同じものを買うことにした。