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第二話 たぶん初恋だった件

俺は馬車に乗せられて、領主様の屋敷に入る事になった。

道中、完全に無言だった。

後に親しくなった、その時の迎えの者、クォライドから、『流石の自分も、胸が痛むほど、きみは蒼白な様子だった』と聞かされた。『迎えが来て有頂天になる子なら可愛げがあったかもしれないのに』とも、肩をすくめながら。


俺は、母との別れにショックを受けている気の毒な少年のように見えていた。


事実はそれ以上だった。

俺の胸中は真っ暗で、先行きも真っ暗だった。

決して漏らしてはならない、とだけは心に誓った。

俺は本当は迎えられる資格なんてない。


後で母を恨む事になる。

どうして、秘密を俺に告げたのか。

俺を騙し続けてくれたらどれほど良かっただろう。きっと幸せを享受できただろうに。


母の憎々し気な嘲笑が何度も思い出される。

母は、心底性根が腐った女だった、それだけだと言い聞かせて生きるハメになる。


***


屋敷には使用人として迎え入れられた。

ただし、隠し子だと知っている者も多そうだった。公然の秘密というやつなのだろう。


数日間、大人しく息を潜めるように過ごした。

嘘ではあるが、父親であるはずの領主様に会うことはなかった。執事長から俺は仕事を与えられた。

基本的には庭師の手伝い。だが、手が足りない時の便利使いでもあるということだ。


俺はそれを静かに受け入れた。

言われるままにするしか無いからだ。


あまりに大人しく文句も言わない俺を、周囲は怪訝に思ったらしい。

『このような扱い許せない』などと騒ぎを起こすのではと考えていたそうだ。


そのうち、無口で真面目だ、と思われるようになる。


ただし、俺の直属のボスとなる庭師はそのうち俺の性格を察した。

仕事のやり取りをするうちに打ち解けた俺の口調が粗雑だったからだ。


「それが素か」

と笑われた。

「そうだよ」

とぶっきらぼうに答えると、また、ははは、と楽しそうに笑われた。


そして徐々に、少し打ち解けて他とも話せるようになった。


***


ある日、俺は執事長に呼ばれた。どうも渋い顔をしていた。


「お嬢様と会ったことはあるか」

「いいえ」


俺の答えに、執事長は肩を落とした。そして困った表情を作ってみせた。

この家には、8歳になる一人娘がおられる。


「お嬢様がお前に興味を持たれたようだ」

「え。あの、それって、俺を兄として、ですか」

「さあ。そこが、知れない」


俺の表情も強張った。隠し子であるなら俺は腹違いの兄になる。だがそれは嘘だ。


「とにかく身ぎれいな服装に着替えなさい。泥がついている」

「はい」

「すぐに」

「はい」


俺は慌てて、俺に貰った部屋に戻り、まだ汚れていない服に着替えた。


***


お嬢様とは、庭園で会う事になった。

庭にテーブルを出してお茶をされているところに挨拶に行く、という形だ。


俺は酷く緊張した。

どう相談して良いのかも分からない。ただ執事長の指示に従うだけだ。


兄のふりなんてできないし、しない方が良いだろう。

なぜなら、真実俺は兄ではない上に、使用人たちは俺を使用人として扱っている。つまり、貴族として迎えられていない。


「シュティーナお嬢様。連れてまいりました。先日新しく雇いました、ウィルターです。ウィルター、お嬢様にご挨拶をなさい」

「は、はじめまして!」


緊張のあまり声が裏返った。そして盛大に赤面した。

お嬢様が、それはそれは、俺の見てきた世界の中で一番物凄く可愛らしくて見たこと無い高級で値段の馬鹿高いらしい人形みたいに、貴族で、すごかったからだ。


「はじめましてぇ」

お嬢様が、俺を見て、それはそれは気さくにニッコリと笑った。舌足らずで、不覚にも俺の胸はキュンとした。俺は思わず胸を押さえた。なんだこれ。この経験は初めてだった。


お嬢様が嬉しそうに、両肘をテーブルについて、頬杖をついてニコニコと俺を見た。

俺は震えた。


そうしてからハッとして、名乗りを上げた。


「う、うぃるターと、もうし、あげ、ます!」

「緊張してるんだぁ。ウィルター可愛いー」

「お嬢様。口調をしっかり」


お嬢様の傍にいるキツそうな女がお嬢様を注意した。


いやそんなことより。なんだろうこのドキドキ。俺、死ぬの?


「だってぇ、ウィルター、絶対に私の事好きになったよ。顔真っ赤だよ。あ、大丈夫? 息できてる? 落ち着いて、ウィルター、お茶飲む?」

「お嬢様!」

「だってぇ」


「お、お茶、いただき、ます!」

「ウィルター!」

「何てことを!」

「やったぁー、飲もう飲もう」


俺の返事は間違っていたらしい。

執事長に怒られ、キツい女にも睨まれ、だけどお嬢様は両手を天に挙げて喜びを表した。


お嬢様は、俺が、隠し子だと屋敷に連れて来られたことを知っているんだろうか。なんてことはこの時の俺の思考からは飛んで消えた。


「歓迎のお茶会ー。ね、良いでしょ、フリュッティ先生、バルストも。おねがいー」

上目づかいでウルウルと見上げられた執事長たちは、お嬢様に弱かった。

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