第十三話 説明の件
そうですね。説明します。
俺はつい苛立ちながら、感情を抑えた。
「ここは他国です。どこの馬の骨とも分からない男にお嬢様を嫁にやるなんて絶対嫌です」
「ルートって、やっぱりお兄様だわ」
と嬉しそうにお嬢様が笑う。
「お言葉だけど。では誰に嫁ぐんですか。ナナちゃんは、本国で身分剥奪だ。もう貴族でなくなってしまったんです。つまり貴族には嫁げませんよ」
お嬢様は、初めて気づいたように驚いた。
「えっ、どうしよう、ルート」
「そうですね」
とりあえず状況を飲み込んでいただければ。
「それから」
「嫌だ、まだあるのね!?」
「本国には戻りません」
「それは良いけれど」
「良いのか?」
「だって私、お尋ね者になったんでしょう?」
「うん」
道中にそれは伝えてある。殺される予定だったとまではとても言えないが。
そもそも、平民にされて一人で放り出されるなんて、毒で殺されなくとも、死ねというのと同じだ。
ご領主様や皆に頼まれた。お嬢様を連れて無事に逃げて欲しい、頼んだぞ。と。
「だから、遠く離れたこの地で生きた方が良い。この場所を用意していたのはたまたまですが」
「えぇ。それは分かった。ここに住めばいいんでしょう」
「それで。住むにあたっての、もう一つの案ですが」
あ、緊張する。
ぐっと握り拳を作ってしまった。
俺はお嬢様を見た。
「俺は、兄では無いので、その、結婚ができます。好きです」
お嬢様は、うそ、と呟いた。
普通に衝撃を受けている。今知った事実に。つまり、兄じゃないから結婚ができる、という事実に。
それだけだ。
嘘、とこちらが言いたい。
俺は失望を覚えながら、追加説明をした。
「俺は、ナナちゃんが妹でないと知ってたから」
「そっか、そう、なのね」
状況を噛みしめるようにお嬢様はうなずいた。
それも俺の欲しい反応ではなかった。理解できないものを飲み込もうとしている、勉強時によく見られたご様子だ。
「それでですね」
「えぇ」
「俺と、夫婦になって暮らしていくのは、どうでしょうか」
「・・・」
お嬢様が、真顔で俺の表情を見つめていた。
やはり、俺が、期待してしまっていた反応ではない。
駄目なのか。泣きそうになった。
俺はつい俯いた。
じゃあ、どう言おうと思っていたんだっけ。
「・・・そうじゃない場合、俺は俺で、別の人と結婚しますよ。それで良いんですか」
「え」
だめだ、事態を飲み込んでおられない。
「俺はお嬢様の傍には居なくなりますよ。他の人の傍にいる事になりますよ」
「え」
今度は慌てたような気配があった。俺は顔を上げた。
とても困った顔の、お嬢様がいた。
オロオロしている。
お嬢様は、俺の事、やっぱり好きでは無いんですか。
使用人としてだけ、好きなんですか。
俺はじっと見つめて、また思った。
駄目だ、お嬢様が他のヤツと結婚してしまうとか。
貴族なら、仕方ないと割り切れる。身分剥奪はこの際置いておく。
だけど、ここに住む限り、そんなのと知り合う可能性なんて無い。
それに、過去と完全に切り離せて生きていけるような場所を選んで、ここを買って貰ったのだ。
だったら、普通の、そこら辺の男と結婚するって言うんだろう。
だったら俺で良いじゃないか。
何が駄目なんですか。
そして多分、俺は、ずっとお仕えしていたからこそ、俺に足りないものが何か気づいている。
俺は目を閉じて、深く息を吸って吐いた。
脳裏に、俺の母の姿が蘇って、俺を見てニヤリと笑んだ。あざ笑うかのような下品で嫌味な笑み。
俺は切り出した。
「あの。一度しか言わないことがあります」
「え。うん」
「絶対、誰にも言わないで。俺とお嬢様だけの秘密ですよ」
「分かったわ」
顔を上げると、真剣な顔のお嬢様が頷いて見せた。
やはり、とても可愛いらしく美しいと思った。
泣きそうだな、と俺は思った。
俺は、ただの庶民で、兄でも無くて。
脳裏の母親が、またニヤリと笑う。悪魔みたいだ。
俺、確かに母ちゃんの息子だよ。
俺は真っ直ぐにお嬢様の目を見て告げた。
「・・・秘密です。実は、ご領主様ではなく、王様の、隠し子でした」
「・・・えっ!」
お嬢様が息を飲んだ。慌てて立ち上がろうとする。俺はお嬢様の様子をじっと見つめる。
お嬢様が心底、驚いている。
俺が動かず、ただ見つめている中、お嬢様はまたストン、と椅子に座った。
アンタもじゃないか。
脳裏の母が、俺を笑う。
あぁ、確かに、間違いない。息子だよ。