第十二話 新しい場所の件
時折のんびりしながら、時折緊張感を持ちながら、少し長い旅になった。
目的地にたどり着いたころには、互いの呼び名も口調もきちんと収められていた。
「見て、ナナちゃん。ここが俺たちの土地。で、あれが住む家」
「ここ、誰の家?」
「俺の家。正確には、俺の金で、出納係のザザンさんにお世話になって、引退後に住もうと購入してもらっていた家と土地」
「えー!? 引退なんて考えていたの、ルート!」
「まぁ。俺が要らなくなる日が来るから」
お嬢様が幸せになったら、きっと俺はずっとあの家にいられない。自分も耐えられないし、俺自体の扱いも微妙。
腹違いの兄、公然の秘密。貴族に引き上げるには母親がアレすぎるだろう。だから家に置くしかない。
俺は、母の嘘や、それらを信じる全ての人や、そして叶わない恋心、騙し続けて生きている俺、全てから解放される場所に行けたらどんなに良いかと思った。給金を貰った俺が考えついた、大きくて一番叶えたいもの。
そして、その願いは、ご領主様たちにとっても都合の良いものであると気が付いた。公然の秘密である俺を、誰も知らない地に追いやり隠して、無かったことにできる話なのだから。
「えー。酷いわ、ルート! しかもこんなに随分遠いところー!」
初耳のお嬢様が憤慨している。
ちなみに、途中で購入した荷物を運ぶための馬車を動かしながら、会話をしている。
「俺の生みの母親は、ろくでも無い人で、金の無心とか厄介ごととか、持ち込んできそうだったから、色々考えて、遠い場所で、誰も知らない場所で、生きていけるようにと考えたんだ。出納係のザザンさんにも随分相談に乗ってもらって、決めたんだ。・・・給金を貰っていて、資金は十分にあったから」
信頼できる周囲に相談し、給金はほぼ、これのために貯めて使った。
恐らく、ご領主様も協力してくれていた。俺を息子だと思っている御方なのだから。
家についた。
長年持っている鍵を使った。無事に開く。感激に震えそうになった。
管理人も雇ってもらっていたから、家の中は綺麗に保たれている。
図面などでだけ知っていた家。他国にある土地。
別れ際、ザザンさんに渡された本は、都度教えてもらっていたことがまとめて書き記してあった。
俺はここで、小さな土地持ちとして生きていく。
自国とは制度が異なる上、辺境の地なので、特に税金などもなく勝手に生きていくことができるという。
必要なのは、購入時の複雑な手続きと資金。そして、それはザザンさんにクリアしてもらっている。
この場所を知っているのは、ザザンさんだけ。
ご領主様にも具体的な場所は秘密にと頼み込んだ。しがらみ全て無いところに行きたいと伝えてもらった。
管理人への引っ越しの挨拶などは明日にしよう。
部屋を全部チェックしてから、町で購入してきた食料を台所に運び入れ、湯を沸かした。
とりあえず、一息つこう。お茶でもいれよう。
「ルート、ここはルートの家でしょう? 私の家は?」
お嬢様が台所にやってきた。家が屋敷に比べて小さすぎるので、俺専用と思ったようだ。珍しそうに台所を見回している。
「ナナちゃんもここに住む、はず」
と俺はそんな風に言った。
茶化したつもりはない。お嬢様の将来が分からなかったからだ。
「今までは移動中だったから、誰かに会話を聞かれて身元がバレるのを警戒してたんだけど、ここは家で誰にも聞かれる心配はない。重要な話をする」
「えぇ」
***
安い味のするお茶をとりあえず。
カップは旅の間で購入したもの。木をくりぬいて作ってある簡単なものだ。
「真面目な話だ」
「えぇ」
「ここは、俺、ルード・ニニアの家」
「はい」
「で。ナナちゃんは、俺の、妹」
「はい」
コクリ、と頷くお嬢様。
「だけど。それは嘘だ」
「え?」
お嬢様は驚いた。理解できなかった事を表情で語っている。
俺は眉をしかめた。
「・・・嘘なんだ。俺の母親が嘘をついていた。俺も信じて育っていたんだ。本当だ。だけど、本当は違うと、迎えの日、短い時間で母親が俺だけに言った。どうして良いか分からなくて、黙って生きていた。言えなかった。だから、俺は、お嬢様の腹違いの兄じゃない。俺は領主様の息子じゃない」
「嘘。嘘よ」
俺は顔を上げて、お嬢様をじっと見た。
「だって・・・」
お嬢様は呆けたように俺を見てから、お茶のカップに気が付いたようにして、口に運んだ。
しばらくそのままで動かない。
じっとカップを手に持ち、テーブルを見つめて固まっているのを、俺もじっと見つめていた。
そうしてようやく、飲み込んだようにして、顔を上げた。
「うそ、なの・・・そうなの」
そして急に気がついて怒ったように、
「私、ウィルターがお兄様だから結婚できないって教えられた時、とても泣いたのよ」
と言った。
「ごめんなさい。俺、あの時、ナナちゃんが本当に好きだった。兄だから結婚できないと俺も言われた」
「今は?」
予想される問いだった。俺は赤面してしまったことをごまかすために、カップに口をつけた。
住む家が近づくにつれて、ずっとどうしようか考えてきたことだ。
「・・・実は、そこも踏まえつつ、今後について話があってだな」
「えぇ」
「まず、家はこれしかない」
「えっ!」
状況をまずお伝えしなければならない。
「ここは俺の家で、だから、とにかくまずはここに一緒に住んで。お屋敷の時みたいに」
「えー、えぇ、分かったわ」
狭いのに本当に? と表情が物語っている。
言っておくが、俺が町で暮らしていた時の家の3倍の広さはある。普通の人間には広い土地まである。農地や家畜も人に貸している状態で、その賃料で俺たちは生活していくつもりでいる。つまり、領主ではないが金に物をいわせた地主なのだ。そんなに高くない賃料のはずだし問題はない。
「それで、どういう関係で一緒にとりあえず住むかを決めたいと、思うんだ」
「どういう関係って?」
お嬢様は物わかりが悪いので、丁寧に教えて、尋ねたりする必要がある。
「だから、俺は、ナナちゃんの兄じゃない。本当は」
「えぇ」
コクリ、とお嬢様。
「でも、一つの案としては、兄と妹として暮らす」
「ふぅん・・・」
「ただ」
俺はつい、グッと眉をしかめつつ言った。
「その場合、ナナちゃんはいつかお嫁にいきます」
「え。ふぅん」
ふぅん、じゃない。
「俺はそれは嫌だ。困ります」
「え、どうして?」
お嬢様は首を傾げた。